コテージガーデン・ステファニー7
6月21日の栃木県那須烏山市(旧烏山町)のコテージガーデン・ステファニーです。6月12日の私のブログで取り上げたコテージガーデン・ステファニーのシジュウカラの雛ですが今年は蛇にも襲われず無事に巣立ったそうです。またきっと来年も生まれるでしょう!カメラはオリンパスE-3です。
昨日コテージガーデン・ステファニーに行った方の話を聞きましたが、色々な花が咲き出して素晴らしい美しさだったそうです。6月の花と全く違っていて7月のガーデンは雰囲気が非常に上品だったそうです。
万葉集から大伴坂上郎女(おおとものさかのうえのいらつめ)の歌。
かくしつつ
遊び飲みこそ
草木すら
春は生(お)ひつつ
秋は散りゆく
(意)今夜はこうして遊び楽しみ、お酒を召し上がれ。草木ですら、春は毎年生い茂り、秋には散ってしまうのです。
詞記に「大伴坂上郎女の親族(うがら)と宴する歌一首」とあります。大伴坂上郎女は大伴旅人の異母妹で異母兄大伴宿奈麻呂の妻となり坂上大嬢・二嬢を生みましたが、夫との死別後、太宰師(だざいのそち)として大宰師(だざいのそち)として赴任中の旅人を追って筑紫へ移り家持の母親代わりをしていたようです。大伴旅人とともに筑紫歌壇の中心として活躍をしていたようです。長女の大嬢は大伴家持の正妻となりました。近親結婚ですね!大伴坂上郎女は万葉集の編纂にも関係したとも言われていて女流歌人としては額田王(ぬかだのおおきみ)以降の最大の女流万葉歌人でした。万葉集にも84首載っていて大伴家持・柿本人麻呂に次いで第3位です。
古代日本の近親婚については諸説があります。歴史的には異母兄弟姉妹間の結婚の記録は沢山あります。しかし同父母兄弟姉妹間の結婚は不倫と見なされました。中大兄皇子(天智天皇)と孝徳天皇の妻であった同母妹の間人皇女(はしひとのひめみこ)との不倫も、人の妻を寝取ることは問題とされず同母妹との関係を問題視されたのです。
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