写真・政治・経済・国際

2011年5月 9日 (月)

さいたま市尾島家の庭1

     どんなに離れていても心は一つ
             you'll never walk alone

4月28日にさいたま市見沼区御蔵の尾島家の庭に熊谷草(くまがいそう)を撮りに行きました。尾島家は古くから続く大農家で庭に自生する熊谷草とイカリソウで有名で一般公開をしてくれています。入り口にお金を入れる箱が備えられていて300円を入れて中に入ります。別に見張っているわけではないのでお金を入れない人も少なからずいます。私は毎回500円を入れています。他にもユキモチソウやムサシアブミなど非常に珍しい山野草が自生しています。熊谷草は年々数を減らしてきています。やはり自然の環境を守るのは難しいのだと思います。熊谷草は武者が合戦の時に後方からの流れ矢から身を守り、そして敵にも味方にも目立つために鎧の背に背負った竹などで作られた骨材に布を張り付けた母衣(ほろ)に似ていたので白旗の源氏の武将熊谷次郎直実(武蔵野国大里郡熊谷郷)から名前が付きました。一方、赤い花の平家方は敦盛草(あつもりそう)呼ばれ平敦盛から名前が付きました。母衣を付けて戦場に出るのは名誉な事で勇敢な武者しか許されませんでした。

一の谷の戦いで熊谷次郎直実は平敦盛(17歳の平家一門で平清盛の甥)が戦いに敗れ沖合の舟に騎乗のまま逃れようと海を渡っていた時に、海岸から平敦盛に「あれは如何に、よき大将軍と見受けたり。見苦しきかな、敵に後ろを見せるとは。返えさせ給えや」と呼び止めたのです。敦盛が海岸へ取って返すと、直実は敦盛を馬から組み落とし、首を落とそうとしましたが、我が子と同じ年頃の美しい若者の顔を見て直実は敦盛を助けようと名を尋ねましたが、敦盛は「お前のためには良い敵だ、名乗らずとも首を取って人に尋ねよ。すみやかに首を取れ」と答えました。直実は敦盛の命を助けようとしたのですが、周りで戦っていた源氏方の武将達が直実と敦盛の周りに集まってきて「次郎(直実)に二心あり。次郎もろとも討ち取らむ」と味方の武者たちに言われたために直実は涙ながらに敦盛の首を切り落としたのです。この時に敦盛が腰に差していたのが有名な青葉の笛(小枝)です。敦盛は戦いの中で青葉の笛を自分の陣地に置き忘れ取りに帰ったために退却する平家の舟に乗り遅れたのです。この有名な笛は敦盛の祖父平忠盛が鳥羽院から拝領した笛で笛の名手と言われた敦盛の手に渡ったものです。敦盛は無官でしたが従五位下でしたので無官の太夫と言われていました。現在、青葉の笛は神戸市の須磨寺に保存されています。織田信長が大好きな幸若舞の「敦盛」は室町時代に流行しました。熊谷次郎直実が平敦盛を打ち取ってから出家して法然の弟子となり法力房蓮生(ほうりきぼうれんせい)と法名を名乗ったまでを幸若舞にしたものです。

幸若舞は能や歌舞伎の原型と言われています。織田信長が桶狭間に今川義元を打ち取った時に桶狭間へ向かう前に城内で詠い舞ったのが幸若舞の「敦盛」です。「敦盛」の一節は思えばこの世は常の住みかにあらず 草葉に置く白露 水に宿る月よりなほはやし 金谷に花を詠じ 栄花先(さきだ)って無常の風に誘わるる 南楼の月をもてあそぶ輩も 月に先って有為の雲に隠れり 人間五十年、化天の内を比ぶれば 夢幻のごとくなり 一度生を受け 滅せぬ物のあるべきか」です。幸若舞は現在は福岡県みやま市大江地区に残されているだけでほとんど姿を消しています。幸若舞は能と違って演者が自ら詠いながら舞います。舞よりも詠いに重きを置いているのです。カメラはペンタックスK-5とペンタックスレンズ18-135mmです。画像はクリックで大きくご覧いただけます。

新古今集から西行法師の歌。

      世の中を

    思へばなべて

      散る花の

    我が身をさても

    いづちかもせむ

(意)世の中というものを思えば、すべては散る花のように滅んでゆく。そのような我が身をさてまあ、どうすればよいのやら。

藤原定家は宮河歌合の判者として、この歌を「世の中を思へばなべてといへるより、をはりの句の末まで、句ごとに思ひ入れて、作者の心ふかくなやませる所侍れば、いかにも勝ち侍らん」と述べています。

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P.S. 一昨日の中部電力の緊急役員会で浜岡原発の停止について継続審議となったようです。役員会の中で浜岡原発を停止すると赤字決算になるとの懸念の意見や代わりに火力発電にするとコストが高くなるとの意見が役員から出たのだそうです。フザケタ話ですね。日本は国民の生命の安全より企業の利益が優先されるのでしょうか?今回の福島第一原発の事故を見ても原発は非常に高いコストとなる事は国民はみんな知ってしまったのです。こんなに訳の分からない企業は日本に存在してもらいたくありません。マスコミも伝えるだけでコメントはほとんどありませんでした。マスコミもやはりおかしいですね!同じ穴のムジナと言う事なのでしょうね。浜岡原発もいま廃炉作業中の1号2号炉を正常に廃炉にするには10年以上かかるとの意見もあります。現在稼働中の4号5号炉の停止作業には多くの時間が必要とされ廃炉にするには非常に長時間が必要とされるようです。廃炉になる前に大地震が来たときはどうなるのでしょうか?想像するだけでも恐ろしくなります。もう次の大震災までに間に合わないのかもしれませんが、とにかくいま止める事が最優先でその後の事は後で考えるべきでしょう。

菅総理、海江田大臣の発言では浜岡原発以外には原発の停止を求めないそうです。これもおかしいですね。現在四国の伊方原発と九州の川内原発はそばに活動が活発化すると見られる中央構造線が走っていて、いま大型地震が起きても不思議ではないのです。もっと精査すると日本の原発は危険な原発だらけになるかも知れません。先日も四国に住む私の知人から電話があり地元でも話題になっていてみんな不安がっているそうです。その後事故を起こしたもんじゅはどうなっているのでしょうか?最近はさっぱりニュースになっていません。ロシアのプーチン首相が日本の原発の立地について理解できないと発言をしています。プーチン首相の言いたい事は日本の原発は危険だがロシアは精査して安全な場所に作っていると言いたいのでしょう。日本ではそもそも原発の立地を許可・認可する機関に体質的な問題があったのです。原発はどんな事があっても絶対安全であるとの大命題から導き出された原発立地だったのです。原発は安全ではないとの意見を持つ学者などはこの原発立地許認可から排除されてきた経緯があるのです。そのために政治家・官僚・財界・学者が馴れ合っていい加減な規制を定めたのです。

いまもう一つ急がなければいけないことは福島第一原発事故の本当の事故原因を突き止めることです。東電側は大津波なので想定外と逃げを打っています。本当は大津波だけではなく地震で安全なはずの原子炉自体にダメージがあった可能性も否定できないのです。そうだとすると今後の現在稼働中の原子炉自体の安全性は根底から覆されることになります。

自民党の河野太郎氏の公式ブログ「ごまめの歯ぎしり」に当然の事が書かれています。しかし、自民党にもマトモナ人物がいるのが日本の救いです!
http://www.taro.org/2011/05/post-997.php
http://www.taro.org/2011/05/post-996.php
是非、御一読を請います!

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2011年4月30日 (土)

上野東照宮のぼたん苑の春牡丹2

     どんなに離れていても心は一つ
             you'll never walk alone

4月21日の上野東照宮の春牡丹です。カメラはペンタックスK-5とペンタックスレンズ18-135mmです。画像はクリックで大きくご覧いただけます。

李白の清平調詞其二。

 一枝紅艶露凝香  いっしのこうえんつゆかおりをこらす

 雲雨巫山枉斷腸  うんうふざんむなしくだんちょう

 借問漢宮誰得似  しゃくもんすかんきゅうたれかにるをえたる

 可憐飛燕倚新粧  かれんのひえんしんしょうによる

(意)
咲き誇る紅い牡丹の花の露には芳しき香りがこもっている。
楚の襄王は巫山の神女と夢に契った交情がむなしくなって悲嘆したという。
それでは訊いてみよう、いま漢宮のなかに誰が楊貴妃の美しさに並ぶ者があるか?
いま化粧をしたばかりの漢の成帝の寵妃であった趙飛燕の可憐さだったら何とか競う事が出来るだろう。

清平調とは管弦楽の伴奏で唄われる歌の旋律でした。どのような旋律なのかは私は知りませんが多分、賑やかで華やかな旋律だったのだと思います。この時も女性歌手が清平調の唄を宴会の場を盛り上げるために歌おうとした時に、玄宗皇帝が李白に詞を作らせようと李白を召したのだそうです。酒好きの李白はすでに酩酊状態で真っ直ぐに立てない状態でした。李白は玄宗皇帝の命によって玄宗皇帝と楊貴妃の面前で直ちに牡丹を楊貴妃になぞらえた3つの歌を作ったのだそうです。さすが天才です!

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P.S. 福島第一原発の原始炉を水に漬ける水棺が行われているようです。何とか上手く行ってくれるといいのですが。重さで支えられなくなるのではとか、かえって放射能汚染された水が出てくるのではとか言われています。素人の私たちには分からないことばかりです。何とか上手く行くことを祈るばかりです。

いま一番危ないと言われている浜岡原発(静岡県御前崎市)!「福島第一原発事故を受けて、浜岡原発の運転停止を願う市民有志」代表 馬場利子(プラムフィールド代表)さんのブログです。
http://plumfield9905.jp/07/073/073.php
先日読んだ週刊誌の記事に万一の時は首都圏で数百万人が原発事故で亡くなる可能性があると書かれていました。少し大げさとしても福島第一原発の程度ではないもっと大きな大事故になる可能性があります。現実に浜岡原発の敷地の下に活断層が存在するそうです。また静岡県知事も危険な1・2号の原子炉を廃炉にする代わりに新しい原発を作る事については許可を出していません。1・2号炉を廃炉にするには非常に長い時間が必要なのです。東日本大震災で経験した大津波への備えは浜岡原発ではこれからの話です。廃炉にしてもそれまでの間に津波が来れば福島第一原発と同じ事が起きるのです。したがって非常に危険な原発と言われている訳なのです。福島第一原発の事故がなければ県知事は福島県の前知事のようにスキャンダルで葬り去られたかも知れません。まあ、自民党政権ではないので民主党政権ではそこまで出来ないでしょうが、自民党政権ならやりかねません。とにかく関係者が儲かる利権の話ですからね。政治家や企業の利益優先の政策を取ってきた自民党が政権を握ればまた同じ事が起きるのです。日本での原発の事故は日本民族を滅ぼすだけではとどまらず、世界中の人々に大災害をもたらすのです。

電力会社が必死で消している歌だそうです。少し汚い言葉を使っていますがとても素直な歌だと思います。福島第一原発事故が起きてから何度か聞いた事があります。

「ずっとウソだった」 斉藤和義氏の歌です。

http://blog.310326.com/2011/04/daichiazuma.html

この国を歩けば、原発が54基
教科書もCMも言ってたよ、安全です。

俺たちを騙して、言い訳は「想定外」
懐かしいあの空、くすぐったい黒い雨。

ずっとウソだったんだぜ
やっぱ、ばれてしまったな
ホント、ウソだったんだぜ
原子力は安全です。

ずっとウソだったんだぜ
ほうれん草食いてえな
ホント、ウソだったんだぜ
気づいてたろ、この事態。

風に舞う放射能はもう止められない

何人が被曝すれば気がついてくれるの?
この国の政府。

この街を離れて、うまい水見つけたかい?

教えてよ!
やっぱいいや…

もうどこも逃げ場はない。

ずっとクソだったんだぜ
東電も、北電も、中電も、九電も
もう夢ばかり見てないけど、

ずっと、クソだったんだぜ

それでも続ける気だ

ホント、クソだったんだぜ

何かがしたいこの気持ち

ずっと、ウソだったんだぜ

ホント、クソだったんだぜ

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2011年4月29日 (金)

新宿御苑の八重桜2

     どんなに離れていても心は一つ
             you'll never walk alone

4月18日の新宿御苑の八重桜です。カメラはペンタックスK-5とペンタックスレンズ18-55mm&55-300mmです。画像はクリックで大きくご覧いただけます。

古今集から惟喬親王(これたかのみこ)の歌。

      桜花

    散らば散らなむ

      散らずとて

    ふるさと人の

    来ても見なくに

(意)桜の花よ、散るなら散るがいい。散らずに残っていたところで、郷里の人が見に来てくれるわけでもないのに。

詞に「僧正遍昭によみておくりける」とあります。惟喬親王は天皇になれた人でしたが母が紀氏の出なので藤原氏遠慮をして異母弟の清和天皇に譲りました。出家して京北郊の小野に住んでいた時の歌にちがいない。遍昭は京の雲林院に住んでいました。ふるさとの人とは遍昭の事です。婉曲に寂しいので訪れて欲しいと言っているのです。少し悲しい歌ですね。

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P.S. 東日本大震災と福島第一原発大事故ばかりP.S.ばかりブログに書いていましたので今日はライブドアの堀江貴文元社長の話です。証券取引法違反事件における最高裁の堀江貴文氏の上告棄却が決まったために、これで収監が確実となり、2年6ヵ月の実刑が確定したのです。この事件が粉飾決算で罪状は証券取引法違反(有価証券報告書の虚偽記載、偽計・風説の流布)の罪であったとしても、その総額は約53億円で、すべて先例では執行猶予の判決が下されているのに、わずか立件されたのが53億円のしかも1期限りの粉飾決算で、直ちに実刑に処するというのは、おかしいのではないかと思います。事件は簡単に言うと「ライブドアが実質的に支配していた投資事業組合が自社株(ライブドア株)を入手し、それを売却して得た利益をライブドアの収益としていた」というものです。いままでは7千億円以上の粉飾決算事件でも執行猶予が付いてきたのです。私は堀江貴文氏のことは良く知りません。マスコミからの垂れ流し情報しか知りませんので当然に個人的には大嫌いです。しかしあたかも社会的なリンチのように私には見えるのですが!彼の罪は有罪だと思いますが、過去の粉飾決算事件と比べて実刑とは非常に厳しい判決だと思います。逆に言えば、ライブドア事件以前に今までの日本の粉飾決算の罪が異常に低かったのだと思います。堀江被告が53億円で実刑だとすれば他の大型粉飾決算はもっと悪質で被害者の数も多く、だました金額も多いのですから無期懲役の実刑や死刑でなければおかしいと思います。刑法を至急に改正すべきだと思います。

最近の粉飾決算の判決を見てみるとこの事件の不思議さとオカシサが見てきます。

山一證券事件は、平成7年から9年にわたり合計 約7428億円の粉飾決算事件でしたが、東京高裁は、平成13年10月25日に元社長に対して、原判決を破棄して懲役3年、執行猶予5年の判決を言い渡しました。

日本債券信用銀行事件は平成10年の約1592億円の粉飾決算事件でしたが、東京地方裁判所は、平成16年5月28日に、元会長に、「懲役1年4月、執行猶予3年」の判決を言い渡し、東京高等裁判所は、平成19年3月14日にこの結論を維持する判決を下しています。

カネボウ事件は平成14年の粉飾決算事件でしたが、粉飾額は連結純利益で約58億円、連結純資産で約753億円に上りましたが、東京地方裁判所は、平成18年3月27日に、元社長に対して、「懲役2年、執行猶予3年」の判決を言い渡しました。

フットワークエクスプレス事件は、証券取引法違反(虚偽の有価証券報告書の提出)に問われた事件ですが、その粉飾金額は、経常利益で274億円、当期未 処分利益で約1340億円にも上りました。これについて、大阪地方裁判所は、平成14年10月8日に、元社長に対して、懲役2年、執行猶予3年の判決を言い渡 しました。

アイペック事件は、約80億円の粉飾決算事件でしたが、東京高等裁判所は、平成15年11月18日に元社長に対して、懲役1年8月執行猶予4年の判決を言い渡しました。

以上のように過去の判決を見てみるとライブドア事件の量刑の異常さが際立っているとしか思えません。これは何なのでしょうか?堀江被告の態度がでかかったからでしょうか?反省の言葉が足りなかったのでしょうか?反省の言葉をすぐに口にする人は私は信用しません。そんな男とは危なくて仕事は一緒に出来ません。

今回のライブドア事件はマスコミが検察のお先棒を担いだ事件ではなかったのでしょうか?私も昔、マスコミに追いかけられた経験があります。彼らには道理や条理は通用しません。組織内での自分の出世しか考えないのです。自分たちが描いたか、あるいは誰かが描いた青写真に強引に合わせようとします。違うといくら説明しても受け入れてくれないのです。検察や警察情報を信用して独自の調査や検証はしません。厚生労働省の村木元局長の事件のようなものです。あの時も犯罪者として元局長を指弾したのはマスコミでした。この事件もマスコミは独自で調査はしませんでした。地検特捜部の垂れ流し情報で有罪と決めたのです。裁判所もマスコミの情報に大きく左右される事が多いのです。マスコミは絶対反省はしません。自分達に都合の悪い事は有耶無耶(ウヤムヤ)にするだけです。有耶無耶は日本独自の文化かも知れません。有耶無耶にされた被害者にとっては迷惑この上ない事なのです。仮に事件報道が間違いだったとしても目立たない紙面の下のほうに1・2行の記事で間違えていたと書くだけでなのです。

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2011年4月26日 (火)

新宿御苑の八重桜1

     どんなに離れていても心は一つ
             you'll never walk alone

4月18日の新宿御苑の八重桜です。天気は時々霧のような雨が降ってきました。新宿御苑の桜の季節も八重桜でほとんど終わりを迎えます。緑色の桜の御衣黄(ギョイコウ)は綺麗ですね。面白い色です。サトザクラの変種だそうでだんだん色が変わって赤くなってくるのだそうです。私は八重桜の薄いピンクのイチヨウが好きです。新宿御苑の桜の代表種だそうです。カメラはペンタックスK-5とペンタックスレンズ18-55mm&55-300mmです。画像はクリックで大きくご覧いただけます。

伊勢物語の八十二段「渚の院」から読み人知らずの歌。

      散ればこそ

    いとど桜は

      めでたけれ

    憂き世になにか

    久しかるべき

(意)桜は散るからこそ美しいのだ。この世に永遠なものなどはないのだから。

この歌は在原業平が詠った次の歌の返歌として伊勢物語に載っています。
  世の中に たえて桜の なかりせば
     春の心は のどけからまし   業平

渚の院とは惟喬親王の別荘でした。惟喬親王は本来ならば天皇になれる人だったのですが母親が古代豪族の紀氏の出で、当時は藤原氏の全盛時代で紀氏は没落しかけた貴族でしたので藤原氏系の弟(清和天皇)に位を譲りました。歌人として多くの有名歌人を連れて狩りの帰りに渚の院で宴会を催す事が楽しみだったのでしょう。この二つの歌のやり取りは後の古今和歌集に共通するものがあります。古今和歌集の仮名序を書いた紀貫之は仮名序の中で「やまと歌は、人の心を種として、万の言の葉とぞなれにける。世の中にある人、ことわざ繁きものなれば、心に思ふことを、見るもの聞くものにつけて、言ひ出せるなり」と述べています。

返歌を詠った人は誰だったのでしょう?なぜ名前が分からないのか分かりません。ひょっとしてこの返歌は惟喬親王が自分の事を詠ったのかもしれません。天皇になりはぐれた自分の事を、お酒に酔ったふりをして「憂き世になにか久しかるべき」と詠ったのかもしれませんね。だから伊勢物語では「また人の歌」と書かれていますが誰の歌とは書いてないのかも知れません。

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P.S. 週刊ポストが最近頑張っています。

「揚水発電をカウントすれば原発なしでも夏の電力間に合う」
http://www.news-postseven.com/archives/20110418_17850.html
続いて「雑誌の夏の電力充分報道で政府の電力供給見通し方向転換」
http://www.news-postseven.com/archives/20110425_18482.html
「東電・エネ庁の電力供給量過少申告は「原発利権」温存のため」
http://www.news-postseven.com/archives/20110425_18490.html
日刊現代にも「風力なら原発40基分 環境省が発電量試算」これは私が今年2月に青森を観光旅行した時に現地で聞いてきた内容とほぼ同じです。
http://news.biglobe.ne.jp/domestic/0425/gen_110425_7944624621.html

最後に決定的な頭に来る話があります。自民党の河野太郎議員のごまめの歯ぎしりと言うブログです。まさにお説ごもっともな意見です。3兆円も貯め込んでいいる原子力環境整備促進・資金管理センターの話は血圧が上がってしまいますよ!
http://www.taro.org/2011/04/post-972.php
http://www.taro.org/2011/04/post-985.php
http://www.taro.org/2011/04/post-977.php

いったいどうなっているのでしょうね?政府は大丈夫なのですか?どうしても原発を使いたいのでしょうね。やはり利権の巣なのでしょうかね?菅総理、貴方はこの利権とは関係がないでしょう!内閣総理大臣ならば司法当局に指示をしてカラクリを暴けるはずですよ。それと菅総理の財務官僚に乗った大震災の復興へ向けての消費税増税案は本当におかしい話です。教えていただきたいのですが恒久的に復興が続くのでしょうか?この先数十年に渡り復興は続くのでしょうか?確かに福島第一原発の事故のあと処理は数十年は続くかもしれませんが大津波の復興は数十年も続くのでしょうか?数年で処理すべきものでしょう。増税は一気に景気が悪くなります。大震災前でも悪かったところに追い打ちとなります。恒久的な増税で企業は自己防衛するために海外へ逃げ出すでしょう。いま増税すれば不況がますます続く事になるでしょう。いまの日本には増税は必要ないと思います。国には十分に隠し財産はあるのです。特別会計には手を付けてはいけない特別会計、例えば外貨準備金のようなものもありますが、不必要な特別会計も沢山あるのです。いま消費税増税にだけに走る菅さんは総理大臣の資格がないと言えます。また世論を増税是認に走らせるマスコミにも問題があるのです。

福島第一原発の周辺に放置された家畜が殺処分されるようです。何とかならないのでしょうか。国でどこかへ避難させる方策はないのでしょうか?家畜を残して避難してきた畜産農家の人達も可哀想です。また取り残されたペット達も可哀想です。家族同然なペットを残してきた被災民も可哀想です。何とかならないでしょうか!

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2011年4月25日 (月)

六義園(りくぎえん)の桜2

     どんなに離れていても心は一つ
             you'll never walk alone

4月2日の文京区の六義園の桜です。ここは小石川後楽園と並ぶ都内にある大名庭園です。柳沢吉保(やなぎさわよしやす)が旧加賀藩の下屋敷を将軍徳川綱吉から拝領した下屋敷の中に作られた庭園です。代々柳沢家の下屋敷として使われ明治維新により三菱財閥の岩崎弥太郎に買い取られた庭園で、昭和13年に東京市へ寄贈されました。この日は下の娘が住んでいる目黒のマンションが3月11日の地震で少し被害が出たためチェックに行く前に地下鉄の駒込で降りて六義園に寄りました。最後の写真は娘の部屋の25階から見た東京タワーとスカイツリーのショットです。スカイツリーが完成してライトアップされると綺麗でしょうね。しかし節電でどうなるでしょうね?3月11日の地震で自宅へ帰れない同僚達を泊めたのだそうです。一緒に東銀座の会社から歩いて目黒まで行ったのですが、マンションのエレベーターが止まっていて娘達は25階まで階段で登ったのだそうです。死ぬかと思ったそうです。地震の被害ですが損害保険会社の査定では被害は18万円なのだそうですが地震保険では23万円以下は免責なのだそうです。つまり免責の範囲内なので私の会社所有の部屋なので会社の費用で直す事になるそうです。六義園の建物のひび割れの修理跡は以前にはなかったので今回の大地震での被害だと思います。都内もかなり被害が出ているようです。我が家の玄関前の地面に貼ってある化粧タイルが東西に見事に一直線にヒビが入っています。最近出来たヒビ割れです。3月11日以降の余震で起きたものです。建物は基礎工事をしっかりしていますので周りが少し沈んだのでしょう。

カメラはペンタックスK-5とペンタックスレンズ18-55mm&55-300mmです。画像はクリックで大きくご覧いただけます。

詞花集から和泉式部の歌。

      人知れず

    物思ふことは

      ならひにき

    花に別れぬ

    春しなければ

(意)自分だけで思い悩むことは、とうに慣れっこです。花に別れない春はないのですから。

この歌は和泉式部が夫の藤原保昌(藤原道長の家司)に捨てられたとの噂を聞きつけ、12歳年下の若い貴公子である藤原兼房が言い寄ってきた時に、「別れには慣れているから、辛い思いを一人で抱えることにも慣れてしまった(慰めは不要)」と、交際の申し入れをやんわりとシッカリ拒んだ時に兼房に与えた歌です。「ならひにき」などの言い方に、相手よりも自分が年上であることが意識されているようです。

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P.S. 週刊ポストに「政治家が原発をなくすといえないのは原発は儲かるから」との記事がありました。
http://www.news-postseven.com/archives/20110414_17557.html
また、「原発事故の原因の一つ 東電社内人事で原発専門家追放の過去」と言う記事もありました。この事は以前私のブログに書いた事がありました。
http://www.news-postseven.com/archives/20110331_16160.html
また、「東電に天下り年収1860万円の元原発官僚 ただいま雲隠れ中」
http://www.news-postseven.com/archives/20110406_16750.html
また、「原子力安全委員 最短週10分の会議出席で年収1650万円」
http://www.news-postseven.com/archives/20110404_16621.html
また、「発電所保有企業幹部「電力会社から電気買うのはバカらしい」
http://www.news-postseven.com/archives/20110412_17259.html
他にJ-Castにも「福島第1原発事故は二重の人災だった」
http://www.j-cast.com/2011/04/23093925.html

腹が立ちますね!今まで原子力行政が食い物にされていたのです。記事も書かれていますが、政治家、官僚、電力会社、原発メーカー、建設にかかるゼネコン、素材供給メーカー、長期にわたって資金を提供する銀行など、いわば“原発利益共同体”が利益を山分けしてきたのです。民主党は自民党と違って最近政権を取ったばかりなのです。思い切って構造改革をしないと日本が本当に腐ってしまいます。これらの記事は絶対に大手日刊紙では書けない話でしょう。書いたら広告料が大幅に減る事になります。新聞社にとっては死活問題で大変な事になってしまいます。これも大手マスコミの構造的な癒着の一つです。

統一地方選挙の後半戦が終わりました。結果からして菅降ろしが加速するでしょう。求心力のなくなった総理大臣は存在がそのまま害となります。しかし、議会制民主主義では簡単に総理大臣を辞めさせる事は出来ません。本人が頑張り続ければ辞めさせるのに非常に長い時間と労力が必要となります。つまり大混乱が国民の生活を直撃する事になり大災害への復興が大幅に遅れる事になるのです。まして、恥など恥と思わない人で権力への執着が強い人の場合は厄介です。ほとんどの国会議員が辞めさせたいのでしょうが、では次は誰と言うと居ないのです。混乱に混乱が重なると言う事になります。日本にとって司令塔の不在と言う不幸な事が続くのですね。国会で内閣不信案を可決するか信任案を否決しても菅総理は粘るでしょうね。国民の事より自分達の理屈を優先するのが永田町の住民の考え方です。国民の考え方は変わってきているように思いますが、変わっていないのが政治家を職業としている業種なのでしょう。

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2011年4月23日 (土)

花の江の郷の春1

     どんなに離れていても心は一つ
             you'll never walk alone

私のブロクの写真は綺麗だが内容が重すぎると知人友人に言われていますが、特に今日のブログは重くて分かりにくいかもしれませんが、P.S.をゆっくりと読んでみてください。普通では分からないようなところが見てくるかもしれません。

4月15日の栃木県旧都賀町の花の江の郷です。花の江の郷も春爛漫となりました。やはり桜と桃とレンギョウとユキヤナギが一斉に咲いています。まさに三春ですね。もともと三春とは梅・桃・桜の3つが一斉に咲くので三つの春と言うのです。ここでは梅は終わっていますが代わってレンギョウとユキヤナギが咲いています。三春ではなく四春です。カメラはペンタックスK-5とペンタックスレンズ18-55mm&55-300mmです。画像はクリックで大きくご覧いただけます。

古今集から素性法師の歌。

      見てのみや

    人にかたらむ

      さくら花

    てごとに折りて

    家づとにせむ

(意)眺めているだけで、その美しさを人に語り得ようか。この桜花を、さあ皆、各自の手で折り取って、都の家族へのおみやげにしよう。

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P.S. 佐藤栄佐久前福島県知事が反原発の立場でかねがね発言をしていたのですが日本のマスコミではほとんど取り上げられてきませんでした。佐藤栄佐久前福島県知事の娘婿が民主党の現職閣僚の玄葉大臣です。現職の福島県知事も同じ佐藤なのですが別人です。
http://gendai.net/articles/view/syakai/130029
http://www.jiji.com/jc/v4?id=20110409interview0001
佐藤栄佐久前福島県知事は贈収賄で逮捕されましたが、いまだに冤罪の声が高いのです。その冤罪の声の中に日本政府(小泉自民党政権)と原子力発電の安全性と事業者の利益優先の原子力行政について激しい対立があり、それゆえに検察特捜部に政治的な意図で逮捕されたと言われていました。彼は2009年6月の高裁判決後に出版した本『知事抹殺』(平凡社)の中で激しく日本の原子力行政を批判していました。今回起きた福島第一原発の大事故を予言していたのです。原子力行政を規制する原子力安全委員会と原子力を推進する原子力委員会とを一緒にして原子力安全保安院を作ったのが原子力行政を指導してきた通産省で、そこに事業者の電力会社がグルになって赤信号!皆で渡れば怖くない方式のい加減な原子力行政を行ってきたのです。その結果が日本が沈没するかもしれない瀬戸際に立たされているのです。小泉政権時は政府に逆らった政治家が多く逮捕された時期でした。小泉政権の暗部でしょうね。それをいかにも世直しのように囃し立てたのは大手マスコミでした。原子力行政も反対を押し切って一気に進めたのは小泉政権とそれ以前の自民党政権でした。原発の立地には政府も多くの政府資金を立地予定地の市町村へ買収資金のように沢山のお金をつぎ込んできたのです。原資は国民の税金でした。原発の立地によって地元では多くの雇用が生まれました。まさに企業城下町になっていたのでしょう。よく発電コストは原発が圧倒的に安いと言われています。そこには原発の誘致に係わる巨額な地元対策費や、毎年つぎ込まれる反原発への地元対策費(我慢料)等は入っていないのです。また今回の事故のような事が起きれば国家予算の1年分を全部つぎ込んでも足りなくなるのです。過去の自民党政権は政府も事業者も原発は危険施設ではないと言い切って来たのです。絶対安全であると言い続けた結果が、危険を避けるために常に考えなければならなかった巨額な安全への投資資金は出所をなくすことになったのです。菅総理もそこを本当は言いたいのでしょうが、それは言ってはいけない事なのです。

私の住んでいるさいたま市にも昔は三菱重工の研究所があり、そこで原子炉の実証炉がありました。原子力発電所が受注できると実証炉は不必要となり機能を停止し、やがて解体をされました。人口密集地の住宅街のど真ん中です。いまはきれいさっぱりと無くなっています。地元民が誰も知らないうちに法律を改正してどこかへ搬出したのです。三菱の研究所は我が家から1キロ半ほど北のさいたま新都心の駅前でした。万一の時には被曝すると覚悟をしていました。この施設については何度か県議会でも取り上げられましたが政府のする事なのであいまいに終わってしまいました。たぶん私達が知らないうちに原子炉の実証炉は解体され土壌も大幅に入れ替えられたようです。その土地はいずれ三菱グループによってマンションにでもなるのでしょうか?原子炉は解体すると放射能は空気中に拡散されます。政府はきちんと放射能の検査をしていたのでしょうか?はなはだ疑問です。昔はいい加減に処理をされていたのです。

共産党の吉井議員は2006年に今回の大事故が起きる可能性について国会で質問をしています。
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik11/2011-04-07/2011040703_01_1.html
また、日本共産党の宮城県委員会のブログに分かりやすく書かれています。
http://blog.canpan.info/jcpmiyagi/archive/129
私は共産党員ではありませんが、難しい問題の時は赤旗を読むと分かりやすく解説をされていますので度々利用させて頂いています。

マスコミの社会部の幹部の子供達や政治家の子供達が優先的に東電に入社出来ているとの話を聞いています。本当でしょうか?本当だとすると、これって東電の利益供与ですね。東電の社員の給料を2割削減するそうです。発表から計算すると東電社員の平均年収は750万以上です。平均給与ですから日本でも屈指の高給取りの会社だったのです。2割削減してもまだ高給取りの会社です。それでも電気料金の値上げ??この際は全社員の年収半減にしても良いのだと思います。皆さんいかがでしょうか?

東北地方の大災害の復興へ大増税の嵐が吹き荒れています。震源地は財務省とそれに加担しているとしか思えない菅総理とその取り巻きです。いま東日本復興開発銀行を創設するとのプランを出している学者がいます。案によると資本金5兆円。出資者は政府3兆円、日本政策投資銀行1兆円。残りは東京電力や東北電力、国内金融機関が担う新銀行です。政府系投資銀行や民間金融機関が日銀から資金調達し、復興銀行を通じて復興プロジェクトに融資する。融資の9割は政府保証、利子は国庫負担。これならば、赤字国債を出さずに済み、増税の必要もありません。これも良い考えです。

また一部の学者の中ではワーテルロー国債を発行するとの考えもあります。イギリスがナポレオンと天下分け目のワーテルローで戦う時に戦費を調達のために発行した国債でコンソル債とも呼ばれるものです。これは元本を返済しない金利だけ永遠に払い続ける国債です。つまり簡単に言うと永久国債です。イギリスでは国家が危機に瀕した時に使われる国債で今まで何度か使われたそうです。国民新党の亀井代表が言っている相続税無税にする無利子国債もあります。

財務省の国債整理基金特別会計に貯まった12兆円を取り崩せとの意見もあります。これは霞ヶ関の埋蔵金で12兆円もあるのです。これに関連しているのですが4月5日の朝日新聞朝刊のオピニオン欄に会計検査院官房審議官である飯塚正史さんによる「個人的見解」と断った投稿がありました。内容は決算余剰金30兆円を使えと言うものです。記事の抜粋です。
<前略>
そこで、私が考える第四の方法は、10年度の決算剰余金約30兆円を財源にするのである。この約30兆円は通常なら、12年度の「財源になるものである。しかし、3月末で発生する決算剰余金をどうしてすぐに使わないのか。なぜ1年も寝かす必要があるのだろうか。
 これまでは、10年度分の決算剰余金は11年7月に確定するので12年の予算に、また11年度の剰余金は13年度の予算に、というように、前々年度の剰余金をその年度の財源とする悠長な方式であった。私の考えは、10年度分の剰余金は11年度に、11年度の剰余金は12年度にというように前年度の剰余金を使う方式である。
 そして、11年度をもって前々年度方式を前年度方式に変えれば、サイクルを変えた11年度だけは従来の09年度分と10年度分がダブるので、片方が自由に使えるという理屈である。1円の増税も借金もしないで乗り切ることができる方法だ。
 これらは一般会計と18の特別会計の剰余金だが、私が考える方式の変更には特別会計上の目的をはずすことが必要だ。
<以下略>

素晴らしい提案だと思います。決算余剰金を全て使えるわけではないのですが、特別会計の決算剰余金は翌年度の歳入に繰り入れられず、1年寝かした上で翌々年度の歳入に繰り入れられるので、寝かさずにすぐ使えば新たな財源が生まれると言うことなのです。それを震災の復興財源に充てるべきだという内容です。その結果、2010年度に見込まれる約30兆円の決算剰余金を全て復興財源に使えるという趣旨になっています。官僚の中にはこのような柔軟的な発想の人もいるのです。

考え方を増税ありきから違う見方をすれば財源はあるのです。財務省は何としても一番簡単な消費税を上げる事しか考えていません。この際、何も知らない国民を焚きつけて自分達の好む方向へ世論を誘導しているのです。とにかく増税ありきの考え方は根本から見直すべきだと思います。読売新聞のような財務省の代弁新聞もありますが、民主党は知恵が無さ過ぎます。政治家が財務官僚や御用新聞社の口車に乗せられてはいけません。何も知らされていない国民は簡単に騙されてしまうのです。民主党が選挙マニュアルで言っていた埋蔵金は本当はあるのですが、それに手をつけると官僚の大反発を恐れて民主党は言わなくなったのです。政権を取ってからの埋蔵金論争の中で民主党の幹部の歯切れの悪さで分かるでしょう!日本始まって以来の大災害です。官僚の懐なぞ考えていられない状況なのです。官僚の気持ちを入れ替えさせるだけの説得力のある大演説が出来る政治家はいないのでしょうか?我が家は政治家の家系で、政治家は命を懸けるものだと私は父親から常に言われて育ってきました。だから私は政治家にはならなかったのです。今は永田町で生きている政治家が全員で本気を見せてほしいものです。

以前、私のブログで東電の計画停電は少しおかしいと書いたことがありました。それを裏打ちするような記事がありました。
http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20110421/dms1104211647022-n1.htm

以前、私のブログで今回の大震災で活用できる人材として自民党の衆議院議員で中越地震の時に被災地の山古志村の村長だった長島議員の事を書きました。今回の大災害に関して彼のコメントが昨日の記事で出ていました。
http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20110422/dms1104221550014-n1.htm

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2011年4月22日 (金)

日比谷公園の桜

     どんなに離れていても心は一つ
             you'll never walk alone

4月5日の日比谷公園です。夕方でしたのでなかなか写真には難しかったです。夕日がビルに反射して当たっている銀杏の木は松本楼の前にある首かけ銀杏です。この銀杏は日比谷見附にあった大銀杏でしたが日比谷公園を作る時に道路拡張で切られる事になっていましたが、日比谷公園の設計者だった東京帝大の教授だった本田静六博士が、移植不可能といわれたイチョウを首に賭けても移植させるといって東京市に掛け合って移植したのがこの大銀杏です。樹齢は400年以上と言われ江戸城の歴史とともに歩んできた大銀杏です。過激派による松本楼焼打ち事件では回復不可能とまで言われた大火傷を負いましたが奇跡的に回復をしました。カメラはペンタックスK-5とタムロン18-250mmです。画像はクリックで大きくご覧いただけます。

「はちすの露」から良寛の歌。

      かぐはしき

    桜の花の

      空に散る

    春のゆふべは

    暮れずもあらなむ

(意)香しい桜の花が空に散り舞う春の夕方は、暮れずにあってほしい。

「はちすの露」は良寛の弟子でありまた恋人でもあった貞心尼の間で取り交わした歌の遣り取りを貞心尼が纏めたものです。良寛は曹洞宗の僧侶で歌人であり漢詩人でもあり書家でもありました。また俳諧や俗謡や狂歌にも巧みで和歌は万葉集の影響を強く受けていました。良寛は「子供の純真な心は真の仏の心」との考え方がありましたので子供と遊ぶ歌が多く残されています。また説法は分かりやすい話だったと言い伝えられています。良寛は戒律の厳しい禅宗の僧侶としては例外的にお酒を好み女性の貞心尼と恋と思われる交流を亡くなるまで続けた稀有な僧侶でした。貞心尼は良寛と知り合った時は29歳で長岡藩士の娘で長岡藩士と離婚後は尼となり越後の長岡の閻魔堂に一人で住んでいました。この時、良寛は69歳で島崎村(現長岡市)に住んでいました。良寛が亡くなるまで5年ほど二人の関係は続きました。関係と言っても肉体関係ではなく精神的な関係だったと思います。はちすの露に残されている歌を読むと良寛と貞心尼の暖かく微笑ましい関係が良く分かります。良寛の最後は貞心尼が看取りました。幸せな死にかただったのだと思います。

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P.S. 昨日菅総理は被災地を訪れてかなり激しく避難所で批判されたようです。当然な事で総理大臣としてすべての批判は全身で受け止めなくてはいけないでしょう。いまさらなのですが少しは薬になったかもしれません。

賢者は聞き、愚者は語ると言う格言がビジネスの世界であります。賢い人は利他主義で愚かな人は利己主義であると言う事です。賢者は人の意見を良く聞き皆の協力を受けて一番良い方法を選ぶと言う事です。一方愚者は相手を説得しようと不必要な事を語り利己的で自分と意見の違う人に対して排他的になるのです。この言葉は田中元総理大臣がよく話していた言葉として昨日のラジオで放送していました。

近江商人の言葉に三方よしという言葉があります。「売り手よし、買い手よし、世間よし」という言葉です。良い商売をするには皆が満足することが大切という事です。ビジネスの世界の言葉ではなく、すべてに言えるのです。政治の世界でも同じ事が言えます。いまこそ日本始まって以来の危機の時に排除の理論を振り回している総理大臣には困ったものです。自己主張して話している言葉に説得力がありません。どことなく嘘っぱちに聞こえてしまうのです。今回の大震災での天皇の話された言葉には誠意が感じられます。日本が大変な状態になっているのにもかかわらず常に自分の利害を考えている政治家の言葉には誰も動かされないのです。昨日の菅総理が被災地で被災民から投げかけられた言葉で少しは考え方が変わってくれる事を望みます。不可能でしょうがね!言葉は言霊とも言います。

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2011年4月21日 (木)

新宿御苑の桜3

     どんなに離れていても心は一つ
             you'll never walk alone

4月6日の新宿御苑の桜です。新宿御苑は江戸時代は内藤家の下屋敷でした。内藤新宿と呼ばれた場所です。甲州街道から分岐している青梅街道の始まりの地点の新宿追分に出来た新しい宿場町でした。高遠藩藩祖の内藤清成は江戸を守る西側の土地に3万石にしては広大な土地を拝領して江戸城の西の守りとして下屋敷を作ったのだと思います。内藤清成は江戸時代の初めに関東代官として江戸城の北の丸に屋敷を持っていました。千代田区代官町の名前の由来です。内藤家は数流ありますが、三河で松平家に仕えた内藤家は6家が幕末まで譜代大名として残りました。内藤新宿に屋敷を持ったのは高遠藩の内藤家でほぼ3万3千石の大名でした。甲州街道の起点は日本橋で四里の距離に最初の宿場町である高井戸宿がありました。しかし四里の道をゆっくりと出発をすると日没になる可能性もあったために二里の場所に新宿が作られたのです。宿場が出来るまでは茶店など休憩施設はありましたが宿泊は禁じられていました。宿場が出来ると旅籠には飯盛り女がいたために江戸から泊まりがけや日帰りで女遊びに訪れる人が増えて非常に賑わったそうです。

カメラはソニーα900とソニー70-300mmGです。画像はクリックで大きくご覧いただけます。

続千載集から藤原為家の歌。

      ながしとも

    思はで暮れぬ

      夕日かげ

    花にうつろふ

    春の心は

(意)春の日は永いと言うが、心にはそうとも思えぬうちに暮れてしまった。夕日を映す花とともに移ろってゆく我が心には。

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P.S. 桜井財務副大臣が4月19日の彼のブログで菅総理大臣を公然と批判しました。昨日は記者団の前で同じ話をしたのだそうです。政権内部からの強烈な批判です。桜井財務副大臣は被災地宮城県選出の参議院議員で医師です。おまけに専門は心療内科だそうで人の精神状態を専門に見る医者だと思います。民主党内では中間派です。政権内部の主要副大臣が政権内で総理大臣を公然と批判するのはいかがとは思いますが、彼が言っていることは至極もっともで当然な意見だと思います。
http://www.dr-sakurai.jp/blog.html
http://www.asahi.com/politics/update/0420/TKY201104200275.html
私は昔から菅総理大臣を信頼していませんでした。彼の幼児性や政治的な未熟さには驚かされてきましたが、少しも直っていません。そんな人物を総理大臣にした民主党に問題があるのです。特に今のような非常時では彼はまったく不向きです。私は非常時には政治信条など考え方が違っていても総理大臣を中心に纏まらないと危機は突破できないと思います。今でもこの考えは変わっていません。しかし菅総理はそれが分かっていないようで、いまだに排除の理屈を振り回しているのです。これでは誰もついていけません。私は今度の桜井財務副大臣の考え方に全面的に賛意を示します。官僚組織が完全に菅総理にそっぽを向いているようです。何とかしないと大津波と原発事故の被災地が大変なことになります。

菅政権は消費税を3%上げて8%として期間を3年間として被災地の救援の原資にしようとしているようです。消費税は被災地の人達にも公平にかかる税金です。考え方の根本が間違えています。財務省の一部と読売新聞がタッグを組んで世論操作をしているのでしょう。読売新聞グループの渡辺恒夫会長が狂っていると新聞社全体が狂って来るとしか思えません。読売巨人軍の今季の開幕についての大混乱も老害としか思えません。とにかく消費税の上乗せ分を3年間の短期課税としてもいずれは恒久課税になることは明らかです。初めて消費税が課税されたときに直間課税比率を見直すはずでした。しかし、見直しにはならず残されたのは増税だけでした。3%から5%へ消費税が増えた時も政府出支の無駄を省くと言ったはずです。少しも無駄は省かれませんでした。難しい問題を被災地を利用して思いを遂げようとする財務省の官僚の愚かな考えです。与党内でも「どさくさ紛れで消費税を上げるのは火事場泥棒だ」との意見も出ています。考え方が大間違いです。菅総理は財務省に取り込まれて財務省の手先になっているとしか思えません。菅総理は政権への執着からいろいろなことに手をつけているのですがすべてが場当たり的で深みがなく、リーダーシップが見えなくなっているのです。復興構想会議や沢山立ち上げた会議や委員会も同じです。さっぱり先が見えません。それでも菅総理は自分勝手な理屈で頑張り続けるでしょう。とんでもない人を内閣総理大臣にしてしまったのですね。菅総理夫人の伸子さんに「あなた、日本のために辞めなさい」と言って貰わないと辞めないでしょうね。そもそも総理大臣としては不適格だと総理就任時に言い切った夫人です。内閣総理大臣が次から次と変わることは好ましいことではないのですが、民度の反映だとすれば納得できますね。政治家のレベルもラベルも落ちているのですから世界中から日本の民度が低いと見られても仕方がないのです。それよりも日本を早く復興させないといけません。このままだと日本中の中小企業や飲食店がみんな潰れてしまいます。大津波の被災や原発の大事故よりももっと大きな問題となってしまいます。

最後に朗報を一つ・・・日刊現代から「なんだよ 電力いくらでもあるじゃないか」より。東電の計画停電を胡散臭いと私は思っていました。http://news.biglobe.ne.jp/entertainment/0419/gen_110419_4250202830.html

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2011年4月19日 (火)

王子駅前 音無親水公園の桜

     どんなに離れていても心は一つ
             you'll never walk alone

4月5日の北区のJR京浜東北線の王子駅前の音無親水公園(おとなししんすいこうえん)の桜です。2枚目の画像は親水公園の王子駅前の居酒屋の看板です。この値段でやっていけるのでしょうか?不思議なことです。最後の写真は都電です。最近は都電がブームなのだそうです。晴海と銀座4丁目交差点を結ぶ都電の新線計画があるのだそうですが、今度の大地震の液状化で晴海の超高層マンション群の計画はどうなるのでしょうか?

音無親水公園は都下の小平市から隅田川まで流れている石神井川の北区の部分が音無川と呼ばれ江戸時代から桜と紅葉と滝で賑わっていた場所です。現在、石神井川は隣の飛鳥山公園の地下トンネルで隅田川に流れていて、旧石神井川(音無川)を音無親水公園としました。この辺りは王子神社、王子稲荷神社があり江戸時代初期から交通の要所でした。特に江戸城から日光参拝の道筋に当たり王子神社の大銀杏が目印だったようです。将軍の日光参拝や幕府高級官僚の日光代参は王子神社の脇を通って荒川を舟で渡り(将軍の場合は臨時に橋を架けました)日光街道に入って岩槻城で最初の一泊をする決まりでした。将軍徳川吉宗は王子の飛鳥山に桜を植えて江戸庶民の花見の宴に供し、管理を王子神社に命じました。同時に音無川周辺にも桜と紅葉を植えさせました。徳川吉宗は花見の宴を飛鳥山で江戸庶民の中で一緒に楽しんだのです。当時は上野の山が花見では有名でしたが東照宮や寛永寺等があり焚き火も飲食や飲酒も禁止でした。吉宗は江戸市民の行楽のために飛鳥山に桜を植えさせて行楽の地としたのです。

カメラはペンタックスK-5とタムロン18-250mmです。画像はクリックで大きくご覧いただけます。

新古今集から後鳥羽院の歌。

      見わたせば

    山もとかすむ

      水無瀬川

    夕べは秋と

    なにおもひけん

(意)見渡すと、山の麓が霞んでいる、水無瀬川。昔の人は夕べは秋が良いなどと、何を思ったのだろう。夕暮の情趣は春こそ素晴らしいのに。

清少納言の書いた枕草子に「秋は、夕暮。夕日のさして、山の端(は)いと近うなりたるに・・・」を引用した歌です。

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P.S.  一昨日東電の会長が発表した福島第一原発事故の収束に向けた工程表は酷いものですね。あんな事を信じている人はほとんどいないでしょう。福島第一原発の被災地の地元の人達は藁にもつかむ気持ちでしょうが、現実はそんなに簡単ではないはずです。あくまで全てが上手く行って、しかも東電の得意な拙い物には目をつぶればの話でしょう。9ヶ月なんて夢のまた夢でしょう。放射能濃度が高くて建屋の中には入れない状態なのですから無理に決まっています。私は素人ですがどう考えても最初のワンステップを越えるのに1年単位の時間が必要だと思います。それも順調に行っての話です。台風シーズンももうすぐです。余震もM8クラスが想定されています。政府と東電は本当のところを国民に開示して国民に決意をお願いするしかないと思います。とくに原発事故の被災地域の人達には厳しい現実を話すべきだと思います。誰でも故郷に帰りたい気持ちはあると思います。

昨日の国会の参議院予算委員会での菅総理の発言も酷い話です。この人はまったく分かっていないようです。野党の質問に昨年10月に行われた「原子力総合防災訓練」について、どういう想定で行われたか覚えているか?と質問されたところ菅首相は「いろいろな事態を想定したはず…」などと、明確に答えられませんでした。次いで野党の質問は「非常用冷却装置と複数の設備故障により、放射性物質が放出されたときを想定だった」と指摘。まさに今回の原発事故と同様のケースであり、「本当に記憶はないのか?」と詰め寄ったところ菅総理は「私が細かいところまですべてを知っているかと言われれば、承知していない」と開き直り、「東海村の臨界事故や、チェルノブイリなどは、私なりに知見を持っている」と話題をそらしました。話のすり替えには巧みですね。参議院のHPから昨日の参議院予算委員会の中継を見る事が出来ます。全部で6時間半ほどです。私も飛ばし飛ばしで見ました。
http://www.webtv.sangiin.go.jp/webtv/index.php
特に野党の脇委員と菅総理のやり取りは面白いです。発言者一覧から見る事が出来ます。面白いです。

日本はどうなるのでしょう?若い人が心配です。放射能に汚染されている地域に若い自衛隊員。警察官や消防隊員が入っているようです。若い人はこのオペレーションから外したほうがいいのではないかと思います。

昨夜からさいたま市は雨です。早朝から激しい雨となっています。放射能の数値が上がって水道水に入らなければいいのですが、水道事業者によって取水制限は行っているのでと思いますが。

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2011年4月17日 (日)

古河総合公園の桃の花2

     どんなに離れていても心は一つ
             you'll never walk alone

3月26日の茨城県古河市の古河総合公園の花桃です。ここの公園には2千本の花桃の木があるそうです。ここから北へ1Km程のところに古河城がありました。古河城は水陸両方の交通の要衝で江戸に近いため譜代大名が入れ替わり入府しました。江戸時代初期の古河城主土井利勝(どいとしかつ)が、江戸で家臣の子供たちに桃の種を拾い集めさせ、古河に送って農民に育てさせたのが始まりといわれ、古河では燃料となる薪が乏しかったので、成長が早く、果実が食料となる桃が選ばれて植えられました。土井利勝は徳川家康の命で老中となり第2代将軍徳川秀忠に仕えました。家光の時代に名誉職として大老に就任しました。

古河城は古河公方だった足利成氏、政氏、高基、晴氏、義氏と約120年間にわたり北関東を治めるために在城していました。もともとは鎌倉府の鎌倉公方(長官)でしたが京都の足利将軍家や関東管領の上杉方の豪族達と悶着を起こし鎌倉を脱出し水運・陸運の交通の要所であり鎌倉公方として味方の勢力が強かった古河に拠点を移し古河公方と呼ばれました。足利幕府は新たな公方を任命しましたが鎌倉に入れずに伊豆の堀越御所に入って堀越公方となり、北条早雲によって攻め滅ぼされるまで続きました。鎌倉公方は室町幕府の足利将軍から関東10ヶ国の統治を委ねられた出先機関で鎌倉に鎌倉府を置きました。当初は関八州と伊豆・甲斐の10ヶ国でしたが後に出羽と陸奥が加えられ東国の統治を委ねられました。鎌倉公方の下に関東管領が置かれ代々上杉氏が管領職になりました。

この古河総合公園は足利成氏が古河城へ移るまで館を構えていました。その後も館は残されていたようで、豊臣秀吉の小田原征伐の時に第五代義氏の一人娘氏姫が当館に居住していました。豊臣秀吉は古河公方家が滅ぶことを惜しみ小弓公方(古河公方家の分家で古河公方家と覇権を争った事もある一族)の足利頼純の子である足利国朝と古河公方の残された一人娘の氏姫と娶わせ下野国喜連川に3,500石の所領を与えました。足利国朝が亡くなると弟の頼氏と氏姫が再婚して喜連川を相続しました。その後、関が原の戦いの折に参戦はしませんでしたが徳川家康に戦勝を祝したために1,000石を加増されました。後に江戸幕府での国主扱いとなり禄高は4,500石ですが10万石待遇の大名となり参勤交代は免除され御所号を名乗る事を許されました。徳川将軍家とは明確な主従関係は無く特殊な存在だったようで徳川家康は喜連川藩主の足利頼氏が挨拶に訪れた時は家康が帰りを見送る同格の待遇でした。江戸時代を通じて1万石以下で大名だったのは喜連川藩の足利氏だけでした。それだけに藩の財政は大変だったようで、参勤交代の大名から挨拶料(現金)を受けて凌いだようです。そのために参勤交代の大名行列を街道で喜連川藩主が待ち構えていたのだそうで、それを嫌った大名が喜連川を迂回したり急ぎ足で通り過ぎると江戸城まで追いかけて行き、江戸城内で諸侯の前で嫌味を言ったそうです。どちらが恥をかいたのかは分かりません。特に狙われたのは奥羽の大藩の仙台の伊達藩だったそうです。

 桃夭(とうよう)    作者不明 

  桃之夭夭  桃の夭夭(ようよう)たる
  灼灼其華  しゃくしゃくたり 其の華
  之子于帰  この子ここに帰(とつ)ぐ
  宜其室家  其の室家に宜しからん
  
  桃之夭夭  桃の夭夭たる
  有蕡其実  ゆうふんたりその実。
  之子于帰  この子ここに帰ぐ 
  宜其家室  其の家室に宜しからん
  
  之夭夭  桃の夭夭たる
  其葉蓁蓁  其の葉しんしんたり
  之子于帰  この子ここに帰ぐ
  宜其家人  其の家人に宜しからん

(意)
 桃の若々しいことよ
 燃え立つように紅い花
 この娘さんが嫁いで行けば
 向こうの家じゃ大喜びさ

 桃の若々しいことよ
 ふっくらとしたその実
 この娘さんが嫁いで行けば(子宝に恵まれて)
 向こうの家じゃ大喜びさ

 桃の若々しいことよ
 ふさふさと茂るその葉
 この娘さんが嫁いで行けば(家は繁栄して)
 向こうの家じゃ大喜びさ

この詩は3,000年ほど前に中国で書かれた最古の詩経に載っている詩です。

古代の中国で桃はただの果物ではなく、特別なものとされていました。桃源郷の不老不死の「仙果(せんか)」として考えられていたのです。道教では宗教行事に使われてきました。西遊記では孫悟空は三蔵法師に従う前は天界の桃の樹の管理人でした。天界の桃は食べることで不老長生を得ることのできる神聖な桃(仙桃)で、孫悟空はその管理人だったのです。しかし悪さから五行山(両界山)に閉じ込められて500年後に三蔵法師の弟子になることを許され三蔵法師のお供で天竺まで旅する事になったのです。

桃は日本には弥生時代に日本へ入ってきたようです。しかし食用としてはあまり食べられなかったと思います。主に観賞用や薬用として用いられたのだと思います。平安時代から水菓子として食べられるようになったようです。日本でも古代の宗教行事に使われていて鬼道(シャーマニズム)では重要な宗教儀式に使う物だったと思われます。明治時代に入って、強い甘さが特徴の水蜜桃が輸入されるようになり、多くの人が口にするようになりました。

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埼玉県幸手町の権現堂の菜の花です。古河から近距離なので帰り道に寄りました。今度の大震災で幸手や栗橋は液状化でかなりのダメージを受けたようです。ソメイヨシノの桜はまだ蕾が堅かったです。今年の権現堂の桜祭りは中止と決定しました。残念です!お祭りは中止でも桜の花は今年も綺麗に咲きました4月14日に権現堂の桜と菜の花を撮りに行ってきました。今年は綺麗でした。最後の写真は梅と菜の花です。

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P.S. カンボジアから本当にありがたい話が届きました。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110416-00000047-mai-soci
カンボジアでの貧しい地域では年収が7万円ほどなのだそうです。それなのに地雷原の村から8万円もの大震災への義援金とお守りを贈ってくれたのだそうです。菅総理は外務省に命じて感謝の気持ちを日本国を代表して伝えるべきです。最近は外務官僚がサボタージュをしているようにしか見えません。外務省は在外公館の機密費を回収して対外外交の原資とするべきです。自分達で勝手に消費する高級ワインなど売却させて日本の復興のために対外工作に使わせるべきです。

福島第一原発で電源の多重化工事に着手との報道がありました。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110416-00000287-yom-sci
大地震の時に福島原発の電源は東電と東北電力の一系統しか無かったのでしょうか?もしもそうだとすればこれは大問題です。原発は絶対安全との伝説に頼ってきたのでしょうか?あるいは自分達が想定する異常の災害は訪れないと思いこんでいたのでしょうか?危険施設だからこそ万一に備えて色々な安全策を取るべきなのだと思いますが、そこには創造力も想像力も、かけらすら見る事は出来ません。いまさら電源の多重化工事とは??早ければ1ヶ月以内にM8クラスの余震が予想されている現在、1日も早い対処をお願いしたいですね。今にも大地震と大津波が再び襲って来るかも知れないのです。2004年のスマトラ島沖大地震のM9,1と3ヶ月後のM8.6と2007年のM8.5の先例もあります。万一の事が起きたら東京は壊滅するかもしれません。東京電力も通産省も政治家も学者も想像力がまったく欠如している人達なのでしょう。そんな人達に日本の未来を託す訳にはいきません。やはり、今回の原発の大事故は明らかに人災です。東京地検特捜部はしっかりと捜査と摘発をしてもらいたいものです。国会は二度とこのような愚かな事件を起こさせないために政治家と官僚と事業者の不作為の罪を法律化すべきです。

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