野尻湖畔
6月6日の長野県信濃町の野尻湖畔と信濃町の柏原です。柏原は小林一茶が生まれて死んだ場所です。小丸公園に俳諧寺や小林一茶の墓があります。野尻湖はバス釣りで賑わっていますが静かな湖です。形が芙蓉の花に似ていることから芙蓉湖とも呼ばれています。ナンマンゾウの骨が出土することでも有名で骨と一緒に旧石器時代の石器も一緒に発見されました。旧石器時代にナンマンゾウを仕留めて食べ物にした旧石器人が野尻湖周辺に住んでいたのでしょう。野尻湖は天然湖としては長野県で諏訪湖に次いで2番目の面積です。今は営業を止めましたが野尻湖を見晴らせる一番の場所に野尻湖ホテルがありました。美智子妃殿下が一時体調を崩されたときに極秘で野尻湖ホテルに長期間滞在をしていたのが最近公表されました。当時は我々には知らされずお茶を飲みに寄る人達は黒服を着た男達に追い返されました。私達も追い返されたことがあります。当時皇太子だった今の天皇も度々お忍びで野尻湖ホテルへ来ていたそうです。しかしこの秘密は完璧に守られていて最近この事実が明らかにされました。野尻湖は軽井沢が俗化してきたので自然の宝庫ともいえる野尻湖畔にカナダ人宣教師たちが1920年に軽井沢から野尻湖畔へ移ってきました。昔は山の軽井沢・湖の野尻湖・海の高山(宮城県七里ヶ浜)と呼ばれ日本三大外国人避暑地として有名で毎年夏の休みに外国人達が集まって仕事の情報や家族の情報交換をしたと言われています。通信手段が無い時代は貴重な顔を合わせる場だったのでしょう。現在、国際村として多くの外国人の方や日本人の方が夏を野尻湖畔の北斜面で過ごします。野尻湖畔の南傾斜には野尻湖グリーンタウンがあり多くの日本人の別荘があります。我が家の別荘も野尻湖グリーンタウン内にあります。40年ほど前までは別荘から左下に野尻湖が見え、左から飯綱山・黒姫山・妙高山の三山が正面に見えましたが、今は樹木が生い茂り殆ど見えなくなってしまいました。野尻湖畔は夏の日中は非常に暑く夕方から急激に温度が下がってきます。冬は豪雪地帯ですので一晩で1メートル程積もる事もあります。昔12月24日の夜から粉雪が降り始めホワイトクリスマスだと喜んでいたのですが、25日朝に自宅へ帰ろうと思い外を見たところ車が一晩で雪に完全に埋まってしまい、管理センターへ車の引き出しと道路の除雪を依頼しましたが、車を引き出せたのは夕方になってからでした。秋の紅葉は素晴らしく本当に綺麗ですが、なかなか紅葉のタイミングが合いません。野生生物も沢山います。この日も別荘の家の前の道路で隣人と立ち話をしていたところ30メートルほどの先の道路でキツネがビックリした顔をして此方を見ていました。リスも野鼠も狸も沢山住んでいます。家の中に野鼠が入ってきてドングリなどを置いて行きます。カメラはソニーα900とVario-Sonnar24-70mm&ソニー70-300mmGです。
やせ蛙(がへる) まけるな一茶 これにあり
雀の子 そこのけそこのけ お馬が通る
われと来て 遊べや親の ない雀
名月を 取ってくれろと なく子哉
ふるさとや 寄るもさはるも 茨(ばら)の花
故郷は 蠅まで人を 刺しにけり
小林一茶の俳句です。最後の二句は故郷の柏原に帰ってきた一茶の会う人達はことごとくトゲのある茨の花のようなもので、誰ひとり自分を暖かく迎えてはくれない、また故郷の蠅まで私を刺すほど冷たいと詠ったものです。
小林一茶はあまり評判の良くない人だったようで、父親の遺産を継母と弟との間で12年間も揉め続け51歳の時に話し合いでやっと解決をしました。52歳で、28歳のきくを妻に迎え、長男千太郎、長女さと、次男石太郎、三男金三郎と、次々に子どもが生まれましたが、いずれも幼くして亡くなり、妻きくも37歳で亡くなってしまいました。一茶はひとりぽっちになりましたが、再びゆきと結婚をしたのですが半年で逃げられてしまいました。その後再々婚し、一茶の没後、妻やをとの間に次女やたが生まれました。自分の娘のような女性を好んで何度か妻として迎えたのですが逃げられたりしてあまり幸せではなかったようです。地元では父親の遺産争いや女性を好む事から評判は非常に悪かったようです。助平爺と呼ばれていたそうです。小林一茶の日記には異常とも思われる毎夜のようなHの回数をまめに記録しています。2番目の妻ゆきは飯山藩の武家の娘で62歳の一茶と38歳のゆきとの結婚でした。日記によると初夜では5回交合すと記録され、あまりの一茶の強精に妻は逃げ出したと言われています。男ですから見栄を張っているのなら分かりますが、見栄ではなかったようです。
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コメント
どの写真も鮮やかでキレイですね♪
花かと思って拡大したらカヌーのようなボートで
おお〜こちらもカラフル♪って思いました
今日は有明コロシアムに
バレーボールの試合を観に行ってました
まったく自然に触れる事なく終ったけど
多摩川に反射する夕日を電車から見た時
「写真に撮れたらな」って もったいないキモチになりました
投稿: アッキ− | 2009年7月 4日 (土) 22時32分
こんばんは(^^)
野尻湖、素敵なところですね☆
野生の野鼠さんが家の中にドングリを置いて行くなんて
絵本の中の世界みたい♪
投稿: chocoart | 2009年7月 4日 (土) 23時30分
野尻湖・・・モーター音の聞こえない湖、秋がもっともいいのでしょうね。
一茶の話・・・俳人というと枯れきった人という固定観念がありますが、怪人ですね。漁寛さんと対照的です。
このあたり・・・なぜ信濃町というヘンテコな地名にしたんでしょうね。千曲市とか天龍村とか、広域の地域を指す言葉を特定の地域の固有名詞にするなんて。
投稿: ヒキノ | 2009年7月 5日 (日) 08時26分
アッキーさん、こんにちは。
本当に私も何度か手元にデジカメがあったらと思うことがありました。最近は携帯電話しか持っていないときがあります。昔は小さいデジカメをセカンドバックに入れて持ち歩いていたのですが、最近は持っていないです。
投稿: シゲ | 2009年7月 5日 (日) 16時50分
chocoartさん、こんにちは。
野鼠は小さいので何処から侵入してくるか分かりません。私は可愛いと思うのですが、我が家の女性陣はダメです!
投稿: シゲ | 2009年7月 5日 (日) 16時51分
ヒキノさん、こんにちは。
新宿区の信濃町は江戸時代の大名の永井信濃守の屋敷があったので信濃町となりましたが、長野県の信濃町は明治時代の合併で信濃町となりました。信濃国の役所などがあった事はありません。
小林一茶は本当に地元では評判が悪かったようです。
投稿: シゲ | 2009年7月 5日 (日) 16時57分