熱海 アカオハーブ&ローズガーデン2
5月23日の熱海市のアカオリゾートの中のアカオハーブ&ローズガーデンへ行ってきました。このガーデンの下にまた一つのガーデンがあります。それは近々にアップします。
新古今集から藤原俊成の歌。
春来れば
なほこの世こそ
偲ばるれ
いつかはかかる
花を見るべき
(意)春が来ると、やはりこの現世こそが素晴らしいと心を引かれる。死んだ後の来世ではいつこのような花を見ることができるだろうか。そんなことは分かりはしない。
藤原俊成は藤原北家の藤原道長の六男の長家を祖とする御子左(みこひだり)家で平安末期から鎌倉初期に藤原俊成と次男の藤原定家の歌道においての活躍で歌道の家として確立されました。定家の嫡男藤原為家は歌道とともに蹴鞠の名手で御子左流として飛鳥井流と並ぶ蹴道を主宰しました。為家の子供たちが相続争いから御子左家(二条家)、京極家、冷泉家の三家に分かれました。御子左家流の二条・京極家は南北朝までに断絶となり現在は冷泉家の上冷泉家・下冷泉家・入江家だけが残っています。上・下冷泉家は戦国時代は地方に避難していましたが屋敷は京都に残されていました。上冷泉家は明治維新後も京都に残り屋敷と御文庫といわれる、かつては勅封だった蔵も京都御苑外に立地していたため取り壊しを免れることができました。この御文庫は冷泉家時雨亭文庫と呼ばれ国宝や重文クラスの古文書が沢山残されていて非公開だったため一部の研究者しかその存在を知りませんでした。1980年より平安博物館により目録作りが始められ多くの研究者の研究に寄与することとなりました。現在でも研究が続けられていて日本文学史や日本中世史の貴重な資料となっています。上冷泉家は当主で25代目、下冷泉家は20代目です。昭和天皇の侍従長だった入江相政は冷泉家の一族の入江家の当主でした。他に冷泉家の分家として藤谷家がありましたが阪神淡路大震災で当主が亡くなり跡継ぎがなくて断絶となりました。
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