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2009年3月

2009年3月31日 (火)

南伊豆町の春

3月21日の南伊豆町の下賀茂へ行ってきました。菜の花が満開でした。このあたりは河津桜の一種のミナミ桜と菜の花が有名です。特に青野川の川縁はミナミ桜と菜の花の組み合わせで素晴らしい写真が撮れるのです。ミナミ桜は河津桜とほぼ同時期に咲きますのですでに終わっていましたが菜の花は満開でした。河津桜は全国的に有名ですが桜と菜の花との組み合わせでは青野川の流域の方が見事です。国道136号線沿いにある菜の花畑が有名で年々面積を広げています。我が家のマリアンちゃんです。兄貴株のルイ君は飼い主に似てとても酷い花粉症で滅茶苦茶な顔をしていますので今回はブログに載せません。最後の3枚は超遅咲きのミナミ桜が咲いていました。カメラはペンタックスK20Dとペンタックスレンズ18-55mm&55-300mm&28mmソフトF2.8です。

後撰集から凡河内躬恒(おうしこうちのみつね)の歌。

      いつのまに

    散りはてぬらむ

      桜花

    面影にのみ

    色を見せつつ

(意)桜はいつの間に散ってしまったのだろうか。盛りの色を記憶の中にだけ残して。

何か西行の歌と共通の感情が感じられますね。躬恒は河内国造の子孫で官位は低かったのですが和歌の世界では有名でした。古今集では紀貫之に次ぐ第2位の入集数で古今和歌集の撰者でもありました。

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2009年3月30日 (月)

日比谷公園1

3月12日の日比谷公園です。日比谷公園の中には日比谷野外音楽堂(日比谷公園大音楽堂)、日比谷図書館や日比谷公会堂などがあり、現在でも使われています。日比谷公会堂は1960年に社会党の浅沼委員長が右翼のテロで倒れたところです。カメラはペンタックスK20Dとペンタックスレンズ18-55mm&55-300mmです。

万葉集から大伴家持の歌。

      思はぬに

    妹が笑まひを

      夢に見て

    心のうちに

    燃えつつぞ居る

(意)思いもかけず貴女の笑顔が夢の中に出てきて、貴女への思いを抑えきれません。

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2009年3月29日 (日)

新宿御苑の桜の咲き始め1

3月27日の新宿御苑です。苑内の下の池の枝垂れ桜は綺麗です。玉藻池のコシノヒガン桜もほぼ満開でした。これら2本の桜はソメイヨシノより早く咲きます。ちょうど満開に近い状態でしたので新宿御苑に来ている人達が集まってきます。どこへカメラを向けても人ばかり写りますので、じっと我慢をして人が少なくなる時をねらってシャッターを押しました。ソメイヨシノは咲き始めで今週半ば過ぎが満開でしょうか?カメラはペンタックスK20Dと18-55mm&55-300mm&28mmソフトF2.8です。

新古今集から式子内親王の歌。

      いま桜

    さきぬと見えて

      うすぐもり

    春にかすめる

    世のけしきかな

(意)まさに今桜が咲いたと見えて、空はうっすらと曇り、春らしく霞んでいる世のありさまです。

800年以上前に詠われた和歌ですが、今の日本を詠っているように思えますね。今の日本は霞むのではなく、出口の見えない真暗闇のトンネルの中かも知れません。今が一番大事な時のはずなのですが!

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2009年3月28日 (土)

古河総合公園の花桃1

3月26日に茨城県古河市の古河総合公園へ花桃の写真を撮りに行ってきました。生憎の大風でした。ここは梅雨にはアジサイが、夏には蓮の綺麗な公園です。ここの桃は観賞用の花桃です。実はできますが小さくて食用にはなりません。柳とコブシそれと菜の花との組み合わせも綺麗です。桃の字の「兆」は”妊娠の兆し”を意味しており、桃が「女性」「ひな祭り」と関係があるのはこの理由からだそうです。桃は弥生時代に中国から伝わってきたと言われています。ヨーロッパへは1世紀ごろシルクロードで中国からペルシャへ渡りペルシャからローマに渡ったようです。英語でPeachはペルシャが語源です。もともとは「ペルシャの林檎」と呼ばれていたそうです。日本では花は鑑賞用として、実の種を漢方薬として主に用いられ食用としては水菓子として珍重されたようです。現在のように果物として一般的に食べるようになったのは明治時代に水蜜桃系が輸入されてからだと言われています。カメラはソニーα900とVario-Sonnar24-70mm&ソニー70-300mmG&ミノルタ100mmソフトF2.8&ミノルタ500mmF8です。

万葉集から大伴家持の歌。

      春の苑(その)

    紅にほふ

      桃の花

    下照る道に

    出(い)で立つ少女(をとめ)

(意)春の園は紅色に照り輝いている。その桃の花の木陰までも輝いている道に、つと立っている少女も輝いている。

「出で立つ少女」とは4枚目の桃の花のようです。

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2009年3月27日 (金)

新宿御苑の春の始まり3

3月17日に新宿御苑へ行ってきました。花桃も咲き始めていました。サンシュユの黄色い色が綺麗でした。しだれ桜も咲きだしています。今頃はもう満開近くになっているかも知れません。カメラはペンタックスK20Dとペンタックスレンズ18-55mm&55-300mmです。

新古今集から九条(藤原)良経の歌。

      み吉野は

    山もかすみて

      白雪の

    ふりにし里に

    春は来にけり

(意)吉野は山も霞んで、少し前まで白雪の降っていた里に、いま春はやって来たのだ。

この歌は新古今集の巻頭の歌です。九条良経は摂政太政大臣でした。

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2009年3月26日 (木)

伊豆高原 一碧湖

3月21日の一碧湖の夜明けです。一碧湖は伊豆高原の中でも冷え込むところです。伊豆高原には台湾リスがたくさん生息しています。戦争中に兵隊の襟巻にするために台湾から輸入されたのですが、その後逃げ出した台湾リスが大増殖しました。いまはリスが飛びまわるのをよく見かけます。我が家のキヨミや温州ミカンはほとんど台湾リスの餌になっています。そのほかに最近は数が減ってきましたがハリネズミも沢山住んでいました。ハリネズミは伊豆高原に住んでいた人が飼っていたハリネズミが逃げ出して、その後急激に数を増やしたそうです。ネコちゃんたちは付近に住むノラ猫達でボランティアの方たちが面倒を見ています。人懐っこい猫達で、ご飯頂戴、ご飯頂戴とすり寄ってきます。カメラはペンタックスK20Dとペンタックスレンズ18-55mm&55-300mmです。

後撰集から紀友則の歌。

      水のおもに

    あや吹きみだる

      春風や

    池の氷を

    今日はとくらむ

(意)水面に吹き乱れて文様を描く春風よ、その紋(あや)模様を解くわけではあるまいが、暖かな初春の今日は、池に張った氷を解かしているのだろうか。

やはり、紀友則は素晴らしい歌詠みだと思います。この歌は友則集の巻頭の歌です。春の訪れを詠った歌で唐の大詩人白居易(白楽天)の「白氏文集」第28巻から池ニ波文有テ氷尽(コトゴト)ク開クから題材をとっています。日本の平安貴族は白居易の詩集を好んで学びました。日本の遣唐使達も唐の土産として沢山の「白氏文集」を持ち帰りました。和漢朗詠集にもたくさんの白居易の詩の一節が載っています。白氏文集は75巻ありましたが現存するのは71巻です。かなりの数の文集が平安時代の日本に輸入されていましたので失われた4巻の文集が日本のどこからか発見されるかも知れません。

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2009年3月25日 (水)

新宿御苑の春の始まり2

3月17日の新宿御苑です。今年の新宿御苑は春が早いです。カメラはペンタックスK20Dとペンタックス18-55mm&55-300mm&28mmソフト&タムロン90mmマクロとソフトフィールターです。

古今集から読み人知らずの歌。

      世の中は

    夢かうつつか

      うつつとも

    夢とも知らず

    ありてなければ

(意)世の中は夢なのか現実なのか、自分には現実とも夢とも分らない、なぜならそれは、有っても無いものだから。

この歌は意味深な歌ですね。やはり仏教の影響なのでしょうか!西洋の白人社会では古今を通じてこんな発想は出ないと思います。殺るか殺られるかの社会ではこの歌のようなことを考えていたら殺されてしまうでしょう。

WBC日本が優勝しましたね。野球大嫌いな私も見てしまいました。韓国も強かったですね。本当に良い試合でした。ラジオのキャスターがこれから日韓のプロ野球の交流試合をしたらいいのにと言っていました。私も同感です!セパの交流戦に日韓の交流戦も加えれば両国のためにもなると思います。近くて遠い国の日韓も本当に近くなるでしょう。代わりに高校野球で慶応が負けてしまいました。これは残念です。しかし塾歌(校歌)はあまり良いとは思えません。高校・大学と7年間この塾歌にお世話になりましたが他の6大学の校歌と比べて少し・・・!

昨日、民主党の小沢代表の公設第一秘書が起訴されました。私にはどう法律を読んでも違法性がよくわかりません。西松建設の国外から持ち込まれた2億円の裏金は何処へ行ってしまったのでしょう?自民党の他にお金をもらっている22名の国会議員や元国会議員へは検察はどのように対処するつもりなのでしょうか。西松の社員の懐へ入っていたら脱税ですし、政治家の懐へ入っていれば政治資金規正法違反か収賄罪になります。国策捜査ではないと検察が主張するのであれば公平性を検察はっきりすべきだと思います。常識的には捜査をしない解散総選挙の6ヶ月前を過ぎていますが検察にはこの点をはっきりとしてもらいたいと思います。昨夜の検察首脳の会見はどう読んでも国策捜査でしたと自供しているとしか見えませんでした。ザル法の政治資金規正法の虚実記載で立件するならば、今まで問題となった政治資金を献金側へ返したり、修正申告をしてきた国会議員を検察はどうするつもりなのでしょうか?今度の検察の主張であれば共産党を除くすべての国会議員も同じことをしていますので全員を逮捕できることとなります。今回はどう見ても検察権力の悪用か検察が政治的手先になったとしか思えません。今回小沢代表の事情聴取を行わないのも不思議な話ですね。請求書を出したと検察が言っているようですが、請求書を出すことは違法ではありません。政治団体の体裁さえ整っていれば了とするのが政治資金規正法の法の基本なのです。ただし大元の献金側の西松建設は違法行為となります。悪法と言えども法は法なのです。これからザル法の政治資金規正法での長い裁判になるでしょう。そもそも長期裁判に検察側の主張では公判を維持できないと思います。その前に民主党が政権を取れば企業からの政治献金を全廃するでしょう。私は個人的には小沢代表は辞任すべきだと思います。しかし辞任しないのであれば次の総選挙で過半数を取って検察の国策捜査の実態を明るみに出してもらいたいと思います。今回の事件で検察は正義の味方ではないことを証明したのでしょうか?今まであまりにも長く自民党の長期政権が続いたので国民には国策捜査の実態を知らされていません。検察も日本の官僚組織なのです。官僚組織を守ってくれるのは自民党です。政治を知る人たちにとって今回の事件は不思議な事件です。知人や知り合いの弁護士に聞いてもみんな首を捻ります。国策捜査を指示したと思われる官房副長官が論功行賞でもっといいポストに移るらしいですね?本当でしょうかね!本当ならミエミエでお笑いですね!

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2009年3月24日 (火)

水戸 偕楽園3

3月7日に水戸市の偕楽園へ行ってきました。カメラはソニーα900とVario-Sonnar24-70mm&ソニー70-300mmG&トキナー19-35mmです。広角ズームのトキナーは保護フィールターとC-PLをつけると19mmではケラレます。

万葉集から張子福子(ちょうしのふくし)の歌。

      梅の花

    咲きて散りなば

      桜花

    継ぎて咲くべく

    なりにてあらずや

(意)梅の花が散ると、続いて桜の花が咲くようになっていて、この世の春は人の心を楽しませるようになっているのではないだろうか。

張子福子は大宰府の薬師(医者)でした。この歌は太宰帥の大友旅人の屋敷での観梅の宴のときに読まれた歌32首のうちの一首です。張子福子のことはよくわかりませんが大宰府に駐在する医官だったと思われます。たぶんこの時代の薬師は朝鮮半島から渡ってきた帰化人か、その子孫だったと思われます。

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2009年3月23日 (月)

西山荘2

3月7日の茨城県常陸太田市の西山荘です。水戸光圀公の隠棲の地で、光圀公はここで亡くなりました。水戸黄門記は作り話で実際はなかった話です。助さん格さんは実在の光圀の側近で両者とも大日本史の編纂にかかわっていました。また光圀は国宝の「那須国造碑」の保存に尽力し、助さん(佐々木三郎)に命じて石碑を調査させ、保存のために石碑の上に建物を建て保存しました。助さんは実際の名前は佐々介三郎(佐々十竹)と呼ばれ大日本史の編纂のために設けられた修史局の総裁でした。格さんは安積澹泊(あさかたんぱく・兵衛)と呼ばれ、やはり大日本史の編纂にかかわりました。作り話の黄門記では助さん格さんと呼ばれていました。カメラはソニーα900とVario-Sonnar24-70mm&ソニー70-300mmG&ミノルタ100mmソフトF2.8です。

万葉集から小野老(おののおゆ)の歌。

      梅の花

    今咲ける如(ごと)

      散り過ぎず

    わが家(へ)の園に

    ありこせぬかも

(意)梅の花よ、今咲いているように、散り過ぎることなく我が家の庭に咲き続けておくれ。

小野老は太宰の少弐でした。太宰帥の大伴旅人の直属の部下でした。この歌は大伴旅人の屋敷での観梅の宴で詠まれた万葉集に載っている32首の一つです。彼は筑紫歌壇の中心人物の一人で有名な歌を残しています。

  青丹(あおに)よし 奈良の都は 咲く花の

    にほふがごとく 今盛りなり

この歌は小野老が太宰少弐として太宰府への着任を祝う宴で詠まれた歌です。後に大弐(太宰府のNo.2)に昇格しましたが筑紫で亡くなりました。

昨日、大磯町の吉田茂邸が火災で全焼しました。ちょうど1ヶ月前の2/21に大磯の吉田邸と白洲次郎の武相荘へ行ってきました。吉田茂邸は邸内に国宝級のものがありましたがすべてが全焼となりました。出火なのか放火なのか分かりませんが、最近は神奈川県内で放火にり貴重な歴史的な建物が失われています。武相荘が心配ですね。

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2009年3月22日 (日)

東御苑の春

3月11日に皇居の東御苑へ行ってきました。桜の季節の少し前の春の景色です。カメラはペンタックスK20Dとペンタックスレンズ18-55mm&55-300mmです。

後撰集から元良親王の歌。

      花の色は

    昔ながらに

      見し人の

    心のみこそ

    うつろひにけれ

(意)花のような美しさは昔のままに見えた人であるが、その心だけは移ろってしまったのだなあ。

詞書に「元良親王、兼茂朝臣のむすめに住み侍りけるを、法皇の召して、かの院にさぶらひければ、え逢ふことも侍らざりければ、あくる年の春、花の枝にさして、かの曹司に挿し置かせける」とあります。つまり恋人を宇多法皇に召しあげられて、逢うことができなくなったので、翌年に花の枝にこの歌を添えて女性の部屋に置かせた。曹司(そうし)とは宮中の役人や女房などの居間のことです。

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2009年3月21日 (土)

水戸 偕楽園2

3月7日に水戸市の偕楽園へ行ってきました。偕楽園の中に水戸斉昭のときに建てられた好文亭があります。何度かの火災により焼失し建て替えられました。2層3階の好文亭と北側奥御殿からなり、千波湖や梅林を望めます。中国の晋国の武帝の故事「めば則ち梅開き、学を廃すれば則ち梅開かず」から好文亭と名付けられました。カメラはソニーα900とVario-Sonnar24-70mm&ソニー70-300mmG&シグマ50mmF1.4です。シグマ50mmF1.4は開放でも割合に綺麗に撮れますがF2あたりまで少し絞り気味で撮っています。外を撮ったときにはF8ぐらいまで絞りました。いいレンズです。

古今集から読み人知らずの歌。

      折りつれば

    袖こそにほへ

      梅の花

    ありとやここに

    鶯の鳴く

(意)折り取った時の移り香が私の袖に匂うものだから、梅の花があると思って、ここに鶯が鳴くのだろうか。

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2009年3月20日 (金)

新宿御苑の春の始まり1

3月17日に新宿御苑へ行ってきました。新宿門の入り口の白モクレンの大木が一本ほぼ満開となっていました。桜も早咲きの桜は終わっていますが、次の桜が咲きだしています。来週初めにはかなり咲いてくると思います。カメラはペンタックスK20Dとペンタックスレンズ18-55mm&55-300mm&28mmソフト&タムロン90mmマクロです。

新古今集から藤原清輔(きよすけ)の歌。百人一首の歌でもあります。

      ながらへば

    またこの頃や

      しのばれん

    憂しと見し世ぞ

    今は恋しき

(意)生き長らえれば、今この時も懐かしく思われるのだろうか。昔、辛いと思った頃のことが、今では恋しく思われるから。

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2009年3月19日 (木)

青梅 梅の公園2

3月10日の東京都青梅市の吉野梅林の梅の公園です。ここの梅林は素晴らしいです!青梅市の吉野梅林には沢山の梅林があります。時間をかけてゆっくりと回るといいのでしょうが、せっかちで結構忙しい身ではなかなかゆっくりとはできません。

万葉集から沙弥満誓(さみのまんせい)の歌。

      青柳(あおやなぎ)

    梅との花を

      折り挿頭(かざ)し

    飲みての後は

    散りぬともよし

(意)青柳と梅の花とを手折って挿頭にして、皆で酒を飲んで遊んだあとには、もう花は散ってもかまわない。

沙弥満誓は優秀な国司で美濃守として木曽路を開削し、後に尾張守も兼務しました。のち累進して尾張・参河・信濃の三国を管する按察使も兼ねました。出家入道を請い勅許さえました。後に造筑紫観世音寺別当として筑紫国へ下向し太宰府に大伴旅人が太宰帥として赴任してくると筑紫歌壇の一員となりました。この歌は万葉集第5巻に載っている太宰府の大伴旅人の屋敷で行われた観梅の宴で詠われた32名32首のうちの一首です。

沙弥満誓は吉備氏の一族だと言われている笠氏の出だと言われています。出家前の名前は笠朝臣麻呂でした。笠氏は丹波国加佐郡の大江町に本拠があり舞鶴市や福知山市あたりまで勢力があったようです。朝臣姓ですのでヤマト政権と対等だった地方豪族の末裔です。古代は古代朝鮮半島との交易で栄えたともいわれています。氏姓(うじかばね)(しせい)制度は古代日本のヤマト政権に対する貢献度などから朝廷から賜った氏姓制度です。大化の改新により、氏姓制度による臣・連・伴造・国造を律令国家の官僚に再編し、部民を公民として、一律に国家のもとに帰属させました。これにより氏姓のない人は原則として天皇と皇族と奴婢だけとなりました。現在でも皇族は姓がありません。戸籍も一般国民とは違って皇統譜に記載されます。皇統譜には、大統譜(だいとうふ)と皇族譜(こうぞくふ)とあり大統譜は天皇・皇后・皇太后が、皇族譜はそのほかの皇族が記載されます。これにより皇族は戸籍法の適用外となり選挙権も被選挙権も現在はありません。公職選挙法では戸籍法の適用外のものは選挙権・被選挙権は当分の間停止するとされています。

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2009年3月18日 (水)

新宿御苑の早春6

2月28日の新宿御苑です。やはりここの梅林は綺麗ですね。御苑には数か所の梅林があります。カメラはオリンパスE-3とズイコーレンズ18-42mm&40-150mm&70-300mmです。70-300mmレンズ以外は費用対効果で言えば良いレンズです。

昨日、新宿御苑へ行ってきました。新宿門の入り口近くの大きな白モクレンがほぼ満開に近かったです。日本庭園の白モクレンは7分咲きでしょうか。早咲きの桜も梅もほとんど終わっていますが、次の桜が咲き始めています。まだ1分咲きまでは行っていませんが来週初めにはかなり咲いてくると思います。今年の新宿御苑の桜はかなり早いですね。

新古今集から藤原俊成女の歌。

      梅の花

    あかぬ色香も

      むかしにて

    おなじかたみの

    春の夜の月

(意)見れば見るほど美しく、かげばかぐほど香わしい梅の花、その色も香も昔のままで、春の夜の月と共に、同じ昔を思い出すよすがである。

「あかぬ色香」とはいくら嗅いでも眺めても飽きない色と香りの事です。藤原俊成女とは藤原俊成の孫で養女となった女性です。素晴らしい歌詠みだと思います。

北朝鮮が人工衛星と称する弾道ミサイルを日本上空に向けて打ってきそうですね。困った国ですね。まさに幼い子供がピストルを道路で撃ちまくっている感じですね。幼い子供に物の理屈を言っても通じないでしょうね。金よこせと言っているのでしょうし。自衛隊を使って撃ち落とすと言っている人たちがいるようですが、無理ですね。そもそも、このミサイル防衛システムはインチキ話です。小泉がアメリカの元国防長官ラムズフェルトや前副大統領チェイニーたちブッシュファミリーへのゴマスリのために数兆円出したもので、まともに機能しない代物だそうです。ハワイ沖で海上自衛隊がミサイルを撃ち落としたと言っていますが、時間もコースも事前に決められたミサイルを撃ち落としただけで大したことはありません。しょせん張子の虎ですので見せるだけで撃ってはいけないものなのです。失敗して恥をかくだけです。アメリカの特定の人たちへの日本国民からのプレゼントだったと思った方がいいです。端的にいえば賄賂の一種かもしれません。もそも艦載型の迎撃ミサイルでは届かないはずです。日本に配備されている地上発射型迎撃ミサイル(PAC3)は、アメリカが湾岸戦争で初めて大々的に使ったパトリオット(ペトリオット)ミサイルの改良型ですが、パトリオットについては湾岸戦争時に米軍側が「命中率はほぼ100%」と発表していたにもかかわらず、実は命中率は9%かそれ以下でしかなかったことが、1992年の米議会の会計検査院(GAO)の調査で分かり米軍の大嘘がバレてしまいました。東京の外国人記者クラブで日本の防衛省の研究者が迎撃ミサイルを導入する記者発表で外国人記者から迎撃能力を疑問視する質問に対し「実際にどの程度迎撃できるかということより、迎撃システムを持っていることで国民が安心できることが重要だ」という趣旨の回答をしたそうです。つまりお守りのお札と言うことです。苦しい回答ですね!アメリカの隣国カナダは2005年に米のミサイル防衛システムの能力を疑問視して米との共同開発を断っているのです。麻生総理も本当のところは知らないのでしょうね。誰かが儲けたのでしょう。1パーセントのコミッションとして数百億円ですから巨額ですね。知らぬは国民だけでしょう!そこには政官財の腐敗があるのでしょうね。私にも防衛産業の闇の中はよくわかりません。

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2009年3月17日 (火)

興禅院とその周辺

3月5日に埼玉県川口市の安行にある興禅院へ行ってきました。ここは埼玉県花と緑の振興センターの隣にあります。この寺院は花で有名な寺院です。裏には興禅院のふるさとの森があり散策コースとなっています。ここの北側を流れる川は見沼用水の分流である赤堀用水です。江戸時代の中頃に数か村に関わる赤堀用水の水争いがありましたが、関東郡代の伊奈氏によって仲裁されたそうです。伊奈氏の陣屋は江戸幕府開府当時は1万石の関東郡代として埼玉県伊奈町小室の丸山にありましたが、3代にして後継ぎの問題から断絶しました。のちに川口市赤山に伊奈氏の分家が関東郡代を継ぎ7千石の陣屋を置きました。興禅院から西へ1Km程の所に赤山陣屋跡があります。関東郡代とは江戸時代に、関東一円及び東海方面の各地にあった幕府の直轄地(天領)約30万石の、年貢の徴収、治水、領民紛争処理、治安などを管理担当しました。江戸幕府の代官の最高位で関東郡代の名前になる前は代官頭と呼ばれ全国の代官職のトップでした。代官は数万石の天領(幕府直轄地)ごとに置かれ代官はじめ代官所の役人は十数名でした。非常に効率的な運営方法で、代官になるには身分の上下はなく実力で代官になれました。足軽身分などから代官を経由して勘定奉行になった例も沢山あります。特に隠密の伊賀者から出世した例が多いのも目を引きます。江戸には関東郡代屋敷があり当初は江戸城内にありましたが明暦の大火以降は両国橋の近くの日本橋馬喰町に移りました。伊奈氏は12代で断絶となり、その後は関東郡代は勘定奉行の兼務となりました。カメラはソニーα900とトキナー28-70mmF2.8&ソニー70-300mmです。

新古今集から西行法師の歌。

      待たれつる

    入相の鐘の

      おとすなり

    明日もやあら

    聞かむとすらむ

(意)待たれた入相の鐘の音が聞こえる。明日も生きていたならば、またこうして聞こうというのだろうか。

「入相の鐘」は日没の頃に寺で撞く鐘で一日の終りを告げる鐘です。この歌は日々死を覚悟して待ちつつ、定命に身を委ねた寂静の境地を歌うと言われています。

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2009年3月16日 (月)

西山荘1

3月7日に茨城県常陸太田市の西山荘へ行ってきました。西山荘は水戸徳川家第2代藩主徳川光圀の隠居所として建てられ光圀はこの地で亡くなりました。光圀は藩主になってからは江戸在府を義務付けられていましたので、隠居をして水戸へ帰ることができました。創建当時の建物は野火で焼失し後に建て直されました。光圀はこの地で大日本史の監修を行っていました。徳川光圀は水戸藩初代藩主の徳川頼房の3男として生まれました。しかし頼房はいずれ貰う正妻への配慮から側室久子を三木仁兵衛の屋敷に預け水子にする事を命じましたが、三木仁兵衛は主命に反して光圀を仁兵衛の子供として育てました。同母兄の頼重は庶長子とされ久子の実家で育てられていました。長男の頼重は庶子と幕府に届けられていたために水戸藩を継ぐことができず水戸藩の分家の下館藩5万石を分地され、後に讃岐高松藩12万石に移封されました。光圀は頼重が継ぐべき水戸藩を自分が継いだことを気にして自分の子供を讃岐高松藩に養子として出し讃岐高松藩第2代藩主松平頼常となりました。代わりに讃岐高松藩の兄の長子綱方を自分の養子としました。つまり後継ぎを交換したのです。しかし綱方が水戸家相続の前に没したため讃岐高松藩の兄頼重の次男綱條(つなえだ)が水戸藩を相続し第3代藩主となりました。カメラはソニーα900とVario-Sonnar24-70mm&ソニー70-300mmG&ミノルタ100mmF2.8ソフトです。ここの梅は綺麗でした。ミノルタ100mmソフトレンズはなかなかボケ具合のコントロールが難しいのですが逆光の方が輝くように綺麗にボケます。やはりソフトフィールターのボケとはかなり違います。

古今集から読み人知らずの歌。

      宿近く

    梅の花植ゑじ

      あぢきなく

    待つ人の香に

    あやまたれけり

(意)庭の建物近くに梅の花を植えるのはよしましょう、無駄に待つ人の香りと間違えてがっかりします

女性の歌で「あぢきなく待つ人」とは来もしない人を無駄に待つとの意味です。

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2009年3月15日 (日)

水戸 偕楽園1

3月7日に水戸市にある偕楽園へ行ってきました。偕楽園は岡山の後楽園、金沢の兼六園と並んで日本三大名園と言われています。隣接する千波湖を一緒にして偕楽園公園と呼ばれ、ニューヨーク市のセントラルパーク公園に次いで広さでは世界第2位の都市公園です。偕楽園は水戸徳川家第9代藩主水戸(徳川)斉昭の命で造園されました。弘道館の生徒たちの休養の場として、また領民たちと(とも)にしむ場にするとの目的で偕楽園と名付けられました。偕楽園には100種3000本の梅が植えられています。ここは平面に植えられている梅が多く、写真を撮るには難しくあまり面白くはありません。カメラはソニーα900とVario-Sonnar24-70mm&ソニー70-300mmG&ミノルタ500mmF8&トキナー19-35mmです。トキナーはむかし使っていたレンズで、あまり性能は良くないですが、どんなレンズも絞って撮ればよく写ります。

古今集から素性法師の歌。

       散ると見て

    あるべきものを

       梅の花

    うたてにほひの

    袖にとまれる

(意)散ってしまうものとただ見ておけばよかったものを、折り取ってしまったために袖にその香りが残ってしまっている。

その色香を愛でるために近くに置いておいたのだけれど、逆にそのために花が衰えてからもその移り香で心が乱されてしまう。この歌は意味深な歌だと思います。梅のことではなくて昔からの恋人のことを詠ったのかもしれません。「うたて」とはどうしてもとの意味です。

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2009年3月14日 (土)

青梅 梅の公園1

3月10日に都下の青梅市にある吉野梅林の梅の公園へ行ってきました。ここは斜面にたくさんの色とりどりの梅が植えられています。ポイントのようにサンシュユの黄色い色が綺麗でした。同じようなカットが続きますがやはり綺麗なものは少し位置を変えたりするとまた一段と違う美しさを感じられます。

古今集から紀友則の歌。

      君ならで

    誰にか見せむ

      梅の花

    色をも香をも

    知る人ぞ知る

(意)あなた以外の誰に見せようか。梅の花をその色も香も、お互いに分かり合える私たちだけのものにしましょう。

この歌はいい歌だと思います。少しエロチックにも解釈できますね。紀友則は紀貫之の従兄弟だと思われます。無官の時期が非常に長く40歳半ば過ぎてやっと土佐掾(じょう)となることができました。掾とは国司の一番下の役職で従八位下相当でした。歌人としては無官時代から有名だったようで50代になり古今集の撰者を命じられた直後に亡くなったようです。私は紀友則の歌が好きです。友則は猟官運動として時の権力者藤原時平にすり寄っていたようで、やっと最下級の国司となることができました。

後選集から。

 今までに などかは花の 咲かずして

   四十年(よとせ)あまり 年ぎりはす   藤原時平

(意)

今までどうして花が咲かずに四十年余りも実を結ばなかったのか。

 はるばるの 数は忘れず ありながら

   花咲かぬ木を なにに植ゑけむ   紀友則

(意)毎年春は巡ってくるのに、私のように花が咲かない木を植えたのでしょう。

時平が「なぜ、40年余りも花が咲かなかったのか」との質問に、「春の除目の季節になっても官職に恵まれないのはなぜでしょう?」と問い返した歌です。

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2009年3月13日 (金)

水戸 弘道館

3月7日に水戸市の弘道館へ行ってきました。弘道館は江戸時代末期に徳川御三家の水戸藩の第9代藩主徳川斉昭によって三の丸に作られた藩校です。この学校は尊王攘夷を基本とする水戸学に基づいて教育を行いました。性格は現在の総合大学に近い教育制度を持っていました。学問は一生行うものであるという考え方に基いて特に卒業の概念を設けず、若者も老人も同じ場で学んだといわれています。幕末の水戸藩は藩内に大きな対立がありました。一つが改革派の天狗党でもう一つが保守派の諸生党でした。藩内の抗争は激しく明治維新の先駆けは水戸藩の尊王攘夷から始まりました。しかし、徳川斉昭が亡くなった後で激しい藩内対立により維新の中核にはなれませんでした。もともとその対立とは大日本史の編纂作業に起因しているように思われます。大日本史は第2代藩主光圀によって始められた事業でしたが、水戸藩の財政状況の悪化とともにその完成させる資金が底をつきました。藩内には大日本史を最優先で完成させるとする尊皇攘夷を主張する派(改革派)と、大日本史への編纂作業より藩の財政状況重視をし御三家として幕府を守り立てようとする佐幕派である諸生派が生まれたのです。両者の対立は激しく、唯一の調停者であった藤田東湖が安政の大地震で圧死してしまう不幸によりますます対立は激しくなってゆきました。天狗党は水戸藩内の尊王攘夷派の中の過激派で藤田小四郎に率いられ筑波山で挙兵をしてのち藩内で保守派の諸生党との戦いを起こしながら水戸藩内を動きまわりました。水戸藩の支藩宍戸藩(笠間市)藩主松平頼徳は幕命により騒乱の鎮圧に宍戸藩兵を率いて向かいましたが、諸生派と対立して戦いを起こし、天狗党の援助を受けることとなってしまいました。後に松平頼徳は騙されて水戸に呼び出され囚われて切腹させられ宍戸藩は改易され藩兵1000人は幕府軍に投降しました。江戸時代の御三家と御三卿は江戸在府が義務付けられていて、それぞれの藩の仕置きは国家老(付家老・・・江戸時代初期に幕府から送り込まれた家老家)に委ねられていました。これは、万一将軍家に事件が起きた時に備えたとも言われています。あるいは反乱を起こさせないための人質だったのかもしれません。

天狗党は武田耕雲斎を総大将として京都に駐在していた水戸藩出身の将軍後見職の徳川慶喜に挙兵の真意を伝えようと拠点としていた茨城県太子町を出発して京都へ向かいました。彼らは下野国・上野国・信濃国・美濃国と渡り歩きましたが近江国に幕府軍が立ちふさがったために京都へ入れず越前国に入りました。嘆願する相手の徳川慶喜が鎮圧部隊を率いて迫っていることを知り、越前国新保(福井県敦賀市)で幕府軍に投降しました。彼らへの幕府の扱いは酷く多くの人が監禁されていた蔵の中で亡くなったそうです。乱後処理は天狗党幹部353名は斬首、残りは遠島追放処分でした。天狗党が水戸を脱出後に水戸藩は保守派の諸生党が握り尊皇攘夷派を大弾圧しました。明治維新後、諸生派は水戸を脱出し越後戦争、会津戦争等に参加して官軍と戦いましたが、会津落城後に多くは水戸に帰り改革派と激しく戦いました。弘道館はこの時の諸生党と改革派の対立により会津戦争の後で戦いの舞台となり多くの建物はその戦いの中で焼失してしまいました。

現在、弘道館は公園となり弘道館公園となっています。紅白の梅が綺麗な庭園がありサンシュユも綺麗に咲いていました。カメラはソニーα900とVario-Sonnar24-70mm&ソニー70-300mmG&シグマ50mmF1.4です。シグマ50mmF1.4は購入した翌日から2週間のドック入りで帰ってきたばかりでした。このレンズは中々良い写りでしたが、前ピンでしたので調整のため2週間のドック入りでした。このレンズを購入する方は購入後にピントの検査をしたほうがいいようです。私の場合は50cm離れた45度の角度に置いたスケールで検査したところ2cmほど手前にピントが来ていました。α900はカメラでピンと調整が出来るのですが、ピント調整が出来ないカメラを購入した場合に備えてドックへ入れました。ピントさえ合えば良いレンズだと思います。フラッシュがついていないα900には明るいレンズは重宝です。欠点は重いことです。

玉葉集から式子内親王の歌。

      花ならで

    またなぐさむる

      方もがな

    つれなく散るを

    つれなくぞ見む

(意)花ではなく、ほかに心の慰む手立てがあってくれたらなら。そうであれば、すげなく散る花を、こちらも冷淡に眺めていられる。

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2009年3月12日 (木)

花之江の郷の春の始まり2

3月1日に栃木県都賀町の花之江の郷へ行ってきました。斜面に雉の家族がいてガサゴソ騒いでいましたが私がそばでカメラを構えていると雄が斜面の藪から飛び出してきて私の注意を引こうとしていました。雄が飛び出した後も藪の中でガサゴソ音がしていました。雌と子供達がいたのでしょうね。早くもカタクリに蕾が出ていました。可愛い花は雪割草です。カメラはオリンパスE-3とズイコーレンズ50-200mm&2xテレコンです。

藤原家隆の家集「壬二集」から。

      花をのみ

    待つらむ人に

      山里の

    雪間の草の

    はるを見せばや

(意)花の咲くのばかり待っている人に、山里の残雪の間に萌え出る、若草の春を見せてやりたいものだ。

藤原家隆は藤原俊成に師事して俊成の嫡男藤原定家と並び称された和歌の達人でした。後鳥羽院は家隆の事を「秀哥ども詠み集めたる多さ、誰にもすぐまさりたり」と賞讃しました。九条良経は家隆を「末代の人丸(柿本人麻呂)」と称賛しました。私は定家の歌より家隆の歌の方が好きです。

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2009年3月11日 (水)

和光樹林公園のマンサクと桜

3月2日に埼玉県和光市にある和光樹林公園へ行って来ました。ここは戦後アメリカ軍に接収されアメリカ軍のキャンプ・ドレイク(朝霞キャンプ)でした。キャンプ・ドレイクは北から朝霞市、新座市、和光市、南は練馬区の大泉までまたがる広大なアメリカ軍の基地でアメリカ陸軍第8軍団第一騎兵師団が駐留していました。朝鮮戦争やベトナム戦争ではここを拠点として第一騎兵師団が戦地へ赴きました。また米軍の放送局FENの送信所もこの基地にありました。隣接地は東京都練馬区の大泉中央公園です。この辺りはアメリカ軍のゴルフ場だったところで、基地が返還されて公園となりました。カメラはペンタックスK20Dとペンタックスレンズの18-55mm&55-300mm&28mmソフトレンズです。

新古今集から式子内親王の歌。

      いま桜

    咲きぬと見えて

      薄曇り

    春に霞める

    世のけしきかな

(意)いま桜が咲き出したと見えて、薄曇りしていかにも春らしく霞んでいる世の中の様子だ。

いまの世の中の様に霞んで見えるのでしょうね。先日も夜の銀座6丁目の並木通りの路上で強い雨の中、半分雨がかかる場所で傘をさして下に段ボールを敷いて寝ころんでいる人がいました。少し春めいていてもやはり寒いですよね。彼等も必死に生きているのでしょうね。最近銀座でも時々見かける光景ですね。彼等は行政の埒外(らちがい)の存在なのです。端的に言えば棄民です。棄民とは国家が見捨てた人と言う事です。本来は憲法上では考えられないことなのです・・・。いまの時代は弱者は必ず切り捨てられます。日本人が選挙で選んだ道なのですから、弱者にならないように頑張るしかありません。私は選んでいないのですが、動き出したら誰にも止められません。

昨日は64年前の東京大空襲の日でした。一晩で10万人以上が亡くなったそうです。この空襲で使われたアメリカ軍の爆弾はこの作戦で威力を発揮した集束焼夷弾を中心とする油脂焼夷黄燐弾、焼夷弾やエレクトロン焼夷弾などで、有名なのはゼリー状のガソリンを長さ約50cmの筒状の容器に詰めたナパーム弾でした。これは非戦闘員を殺戮目的で行われた虐殺でした。爆撃は広く円周を描くように投下され炎で非戦闘員の逃げ道を閉じてから上空から機銃掃射や榴弾を投下しました。集束焼夷弾とはいま問題となっているクラスター爆弾と同じで焼夷弾を束ねて投下して地上上空で広く散らばらせる爆弾です。

アメリカ軍の日本への空襲は当初からヘイウッド・S・ハンセン准将の指揮下でピンポイント爆撃が行われていましたが、戦果が少ないとの理由でカーチス・E・ルメイ少将と交代させられました。一説にはハンセン准将は無差別爆撃を上層部から命令されたのですが人道上の理由から拒否したため交代させられたといわれています。ルメイ少将は関東大震災の時の東京の火災を研究し同じような状況を作ろうと作戦を作りました。そのため関東大震災と東京大空襲の被害地域が重なるのです。この攻撃は明らかに戦争犯罪で国際法廷で裁かれるべき事ですが勝者に対しては敗者は何も言えません。日本はサンフランシスコ講和条約でアメリカへ対する賠償請求権を放棄しています。そのため現在東京大空襲の被害者たちが国を相手取って謝罪と賠償を求めて裁判中です。訴訟原因を「東京空襲が国際法違反の無差別じゅうたん爆撃であったことを裁判所に認めさせ、誤った国策により戦争を開始した政府の責任を追及すること」であると原告側は述べています。日本国はこの大虐殺を指揮した司令官のルメイ将軍に対し航空自衛隊の育成に寄与したとの理由で勲一等旭日章を授与しました。たくさんの我が国民を殺してくれてありがとうとうの意味なのでしょう!2回の原爆投下と東京大空襲は明らかな戦争犯罪でルメイ将軍が陣頭指揮を執りました。ルメイ将軍は「自分たちが負けていたら、自分は戦犯として裁かれていた」と言っていました。彼は後のベトナム戦争で空軍参謀総長として北爆にも深くかかわり「北ベトナムを石器時代に戻してやる」とまで言った、死神だったのです。なお、ルメイ将軍に勲一等の勲章を贈った日本の総理大臣は佐藤栄作です。通例では勲一等は天皇親授(天皇自ら勲章を手渡す)なのですが、昭和天皇はさすがに親授を行いませんでした。当然ですね!

東京への空襲では占領後のことを考え、丸の内の第一生命や明治生命ビルや皇居は攻撃目標からはずさていました。またロックフェラー財団の寄付で建てられた図書館のある東京大学周辺や、アメリカ聖公会の建てた聖路加国際病院のあった築地や、ニコライ堂の周辺も攻撃されませんでした。

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2009年3月10日 (火)

みかも山の雪割草

3月1日に栃木県佐野市隣の岩舟町のみかも山(三毳山)公園へ雪割草を撮りに行ってきました。今年の雪割草は大不作のようです。雪割草は地方によって呼び方が異なります。キンポウゲ科アネモネ属の多年生植物で、ミスミソウ、スハマソウ 、オオミスミソウ 、ケスハマソウなどと呼ばれ、東北地方~中国・四国地方の低山地に見られます。早春、雪解けを待って可憐な花をつけるので一般的には雪割草と呼ばれます。みかも山公園は山野草の宝庫です。もうすぐするとカタクリが咲きます。カメラはオリンパスE-3とズイコーレンズ50-200mm&x2テレコンです。

万葉集の東歌から読み人知らずの歌。

      下毛野(しもつけの)

    みかもの山の

      小楢(こなら)如(の)

    目細(まぐは)し児(こ)ろは

    誰(た)が笥(け)か持たむ

(意)下野のみかも山に生える小楢のように美しいあの娘は、誰の家の食器を盛る妻になるのだろう。私のお嫁さんになってくれたらいいのに。

みかも山は標高233メートルの低い山ですが、意外と険しい山です。むかしから交通の要衝だったようです。古代は毛野国(けぬのくに)と呼ばれていて、東山道のに属していました。毛野氏が治めていたようです。毛野氏は古代日本の吉備氏・筑紫氏と並んだ大豪族でした。現在の群馬県と栃木県の南部を総称していましたが、毛野国が二つに分割され大和朝廷の都に近い国として上(毛)野国(かみつけ→群馬県)、遠いのを下(毛)野国(しもつけ→栃木県)と呼びました。上下は別に位ではなくて大和朝廷に近いか遠いいかだけでした。上越・中越・下越も同じです。下毛野国ではなく下野国となったのはアンダーヘアーを連想する地名を避けたためと言われています。下野国は後に那須国を併合しました。東山道とは古代の広域行政区分です。それぞれの行政区分の国の国府を結ぶ道でもありました。東山道は諏訪(信州)から碓氷峠を抜けて上野国を通り下野国へ至り、下野国から東北へ入りました。武蔵国は上野国の国府から武蔵国国府まで東山道武蔵路の分線で結ばれていました。後に武蔵国は行政区分が東山道から東海道へ変更されました。

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2009年3月 9日 (月)

花之江の郷の春の始まり1

3月1日に栃木県都賀町の花之江の郷へ行ってきました。今年の早春の花之江の郷は気温のせいでしょうか、節分草、雪割草など早春の花の花付きが非常に悪いです。小さな花は強い雨風に打たれ跳ね上がった泥で汚れていました。昨年までは毎年節分草が咲いた後で雪割草が綺麗に咲いていたのですが、今年は節分草も雪割草も不作でした。カメラはオリンパスE-3とズイコーレンズ14-54mm&50-200mm&2xテレコンです。

古今集から藤原興風の歌。

      咲く花は

    千ぐさながらに

      あだなれど

    誰(たれ)かは春を

    恨みはてたる

(意)咲く花は多種多様で、そのどれもが散りやすくはなかいものだ。だからと言って誰が春を心から恨み切ることができようか。

この歌は古今集らしい歌ですね。春の歌のように見えますが、恋の歌の一面もあるかも知れません。千ぐさは千草です。読み方は昔はちくさと濁らなかったようです。

今朝は新聞やTVで世論調査の結果が出ていますが、やはり麻生総理の支持率は上がりませんでしたね。せっかく国策捜査を仕掛けたのに空振りでしょうか?そもそも共産党を除いて全員やっていることです。法的に不備な法律である政治資金規正法を大きく変えない限り、永遠にこの問題は出てきます。新聞もTVも記者はもう少し勉強をしたほうがいいです。不備な政治資金規正法はグレーゾーンが多すぎます。地検特捜部も公判を維持するのは大変でしょうね。裁判も今回は陪審裁判ではないので結審するのに10年はかかります。地検特捜部も世論操作を上手くしないとボロが出てきてしまいます。地検特捜部も自民党の二階大臣まで取り調べなくてはいけなくなってしまいました。これは想定外でしょうね。あくまでも形式的に取り調べるだけでしょうが、忙しい中の国策捜査で小沢代表サイドをやるだけでも大変なのに、二階大臣サイドまでやるのは大変でしょうね。後始末までさせられるのではたまりませんね。長引くと解散総選挙間近ですので東京地検による選挙妨害に当たります。

ダムの問題と言っていますが、全国のダムは田中角栄時代に全国のダムは利権を含めて決められています。そんなことは捜査当局もマスコミ幹部も常識です。知らないのは一般国民だけです。ほかにも決まっていることはたくさんあります。だから定期的に政権交代がないと政治も行政も業界も癒着して腐敗するのです。政権交代を繰り返す事で少しづつ日本の政・官・業を浄化するしかないのです。最後にいままで何度も言っていますが、業者からの政治献金は合法・非合法にかかわらずすべてが賄賂です。

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2009年3月 8日 (日)

埼玉県花と緑の振興センター

3月5日に川口市にある埼玉県花と緑の振興センターへ行ってきました。むかしは埼玉県植物振興センターと言っていたと思います。梅林の遅咲きが綺麗でした。ミツバツツジでしょうか、咲き出していました。ツツジは狂い咲きが多いのですが今年は春が早そうですね。カメラはソニーα900とトキナー28-70mmF2.8&ソニー70-300mmGです。トキナーの28-70mmF2.8はミノルタα9時代に使っていました。当時はあまり気がつきませんでしたが、α900で使うと少しピント位置がずれているように感じます。明るいズームレンズなので少し絞って使えば良いのですが、やはり新しいツアイスレンズのVario-Sonnarに比べると雲泥の差です。まあ、利点と言えばツアイスレンズに比べて重さが少し軽いぐらいでしょう。

和泉式部集から敦道親王(あつみちしんのう)の歌。

      われが名は

    花ぬす人と

      立たば立て

    ただ一枝は

    折りてかへらむ

(意)私の評判は花盗人と立つのなら立つがよい。一枝だけは折り取って帰ろう。

敦道親王は冷泉天皇の第四皇子で太宰帥に任ぜられたので帥宮(そちのみや)と呼ばれていました。太宰帥でしたが任地に赴任しない遥任(ようにん)でした。亡くなった実の兄の恋人だった4,5歳年上の和泉式部と恋に落ち、和泉式部を自分の屋敷に囲いました。このため帥宮の正妻は家を出てしまいました。当時はこの二人の恋は大きなスキャンダルだったようです。この歌は和泉式部と共に藤原公任邸を訪れた際、家の番人に渡した歌で「公任集」では詞書「帥の宮、花見に白川におはして」とあります。「花ぬす人」に、世間の注目の的であった和泉式部を恋人にした自身を暗示しているのでしょうね。帥宮は和泉式部を自慢したくてあちらこちらへ同伴して出かけたようです。和泉式部は当時の代表的な女流歌人で沢山の男性達と浮名を流していた有名女性でした。その女性を自分のものだけにしたと世間に自慢したかったのでしょうね。羨ましいと言うより、まだ若いですね!

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2009年3月 7日 (土)

新宿御苑の早春5

2月28日に新宿御苑へ行って来ました。桜のピンク、サンシュウ・マンサクの黄色、紅白の梅が混ざり合って綺麗でした。これから本格的な春ですね。カメラはオリンパスE-3とズイコーレンズ18-42mm&40-150mm&70-300mmです。

新古今集から式子内親王の歌。

      花は散り

    その色となく

      ながむれば

    むなしき空に

    春雨ぞふる

(意)花は散ってしまい、これというあてもなく眺めていると、空から春雨が降ってきて虚しい気持ちになってしまう。

式子内親王集には初句を「花はちりて」となっています。「むなしき空」とは漢語の虚空からきた和製語です。今の日本の空は「むなしき空」ですね。

民主党の小沢代表の秘書の逮捕はおかしな方向へ向かっていますね。検察からのリークを有り難がって記事にする法律も分からない新聞記者の脳味噌の程度が分かる記事で紙面が埋まっています。新聞記者も自分の頭で考え自分で調査しないといけません。今までの事件で地検特捜部の扱った事件は新聞記者が検察からの垂れ流し情報で天下の大悪人に仕立て上げているのではないでしょうか。検察による世論操作に最大の協力者は新聞です。今回の事件は今のところ新聞の記事を読む限りは政治資金規正法がザル法なのが問題なので、政治資金を100万円貰おうが10億円貰おうが、貰うことは法律上は問題はないと思います。つまり新聞で言っている違法献金とは?違法性があるのは西松建設なのでは?ザル法だけにグレーゾーンが多すぎて拡大解釈はいくらでもできますが、贈収賄のために別件逮捕が本当の狙いだとすればこれは検察の違法捜査になります。しかし、解散が近づいているのに贈収賄の立件は時間的に無理ですよ。野党の議員が行政に圧力をかけるのは常識的に考えて難しいです。その点を立証できるのでしょうか。難しいですが国策捜査で国策裁判ならあり得る話です。地検特捜部は意地になって強引に世論操作して有罪に持っていくしかないでしょうね。なんで筋の悪い話を地検特捜部が着手しなければならなかったのか、後で歴史が教えてくれると思います。昨日の政府高官の発言が国策捜査だったことを証明していることが問題となっています。一般に政府高官とは総理大臣・官房長官・官房副長官を指します。だれが今回は小沢だけだと喋ったのでしょうね。官邸はハシャイデいるのでしょうでしょうね。政府与党は火消しに必死なようです。それはそうでしょうね大変な発言で呆れますね。頭隠して尻隠さずでしょうか。地検特捜部も口の軽い政治家の指示に従っていてはこれからが大変ですね。検事と言えども官僚です。自民党のお金を返せば問題ないと言うのは問題があるから返すのでしょう。おかしな話です。どっちにしても恥ずかしい話ですね。私の父が「悪法と言えども法は法」と常に言っていました。政治資金規正法は悪法と言えども法は法です。私は別に小沢代表を支持しているのではありません。小沢さんには昔会って話し合ったことがありますが、どちらかと言うと嫌いなタイプです。しかし今回の捜査はあまりにも見え見えですね。これからも西松建設は検察の指示通りに発言するでしょう。

中国の儒教の四書の一つ中庸から・・・

国家将(まさ)に興らんとするや、必ず禎祥(ていしょう)あり。国家将に亡びんとするや、必ず妖孼(ようげつ)あり

(意)国家が興隆する時は必ず目出度い前兆がある。国家が滅亡する時は必ず不吉な前兆がある。たとえば官吏の堕落とか邪教が流行るとか色々と起きる。

やはり小沢代表はこの際代表を降りて岡田副代表に譲るべきでしょうね。岡田のほうが手強いですよ。政権交代後に地検特捜部を使って自民党へ報復すればいいのです。ネタは検察が大型トラックに積めないぐらい持っていると思いますよ。官僚と与党議員の腐れ縁を白日の下に晒す絶好期になるでしょう。日本を綺麗にする一番いい方法です。もう滅茶苦茶になってきた日本です。あと数年間滅茶苦茶が続いても日本人は自殺以外には死にません。この際取りあえずセーフティネットを大至急創ってから、一度政治をリセットして欲しいです。

元外務官僚で評論家の天木直人のブログに面白いことが書いてあります。私と同意見です。

http://www.amakiblog.com/archives/2009/03/05/#001367

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2009年3月 6日 (金)

星野の里の早春

3月1日に栃木県栃木市の星野の里へ節分草を撮りに行ってきました。前回は2月14日に行ってきましたが、今回はだいぶ花の数も増えてきました。梅、蝋梅、マンサクもだいぶ咲だしていました。杉やヒノキは黄色やオレンジ色の花粉が沢山木についていて飛び出すタイミングを計っているかのようでした。今年の花粉は酷く感じます。今年は目が時々針が刺さったようにチクリと感じます。何か中国で発生した硫酸系のゴミのように感じます。カメラはオリンパスE-3とズイコーレンズ14-54mm&50-200mm&x2テレコンです。

古今集から紀貫之の歌。百人一首の歌でもあります。

      人はいさ

    心もしらず

      ふるさとは

    花ぞ昔の

    香ににほひける

(意)住む人はさあどうか、心は変ってしまったか。それは知らないけれども、古里では、梅の花が昔のままの香に匂っている。人の心はうつろいやすいとしても、花は以前と変らぬ様で私を迎え入れてくれるのだ。

詞書に「初瀬の長谷寺に参詣する度に泊まっていた家に、しばらく無沙汰をしていて久しぶりに訪れてみると、その家のあるじが『こうしてちゃんと泊まるところはあるのに』と家の中から言ってきたので、そばに咲いていた梅の枝を折って詠んだ」とあります。古今集には載っていませんが貫之集にこの歌の返歌として読み人知らずの歌が載っています。

 花だにも おなじ心に 咲くものを

   植ゑたる人の 心しらなん

(意)梅の花でさえ昔と同じ心で咲くというのに、ましてやその木を植え育てた人の心が変ることなどあろうことか。私の心を知ってほしい。

貫之集とは紀貫之自撰による家集です。この歌を詠った人は男性でしょうか女性でしょうか?私は女性だと思います。思い出したように訪れてくる紀貫之を迎え入れる女性はどんな女性だったのでしょうね!

定額給付金は皆さんどのように使いますか。私の周りには競馬やパチンコで使う人が結構多いです。私は先月あしなが育英会に寄付してしまっています。期間限定のクーポン券にすれば消費に向かうのでしょうが。実際は合法的な現金による与党の選挙買収でしょう。自分が税金を納めたお金が現金で戻ってくるだけです。私の住んでいるさいたま市ではバラまかれるのは5月下旬頃になるでしょう。

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2009年3月 5日 (木)

城ヶ崎の朝

2月8日の静岡県伊東市の城ヶ崎の朝です。もう少し波が高ければ面白かったのですが。カメラはソニーα900とVario-Sonnar24-70mm&70-300mmGです。

後拾遺集から藤原道信の歌。百人一首の歌でもあります。

      明けぬれば

    暮るるものとは

      知りながら

    なほ恨めしき

    朝ぼらけかな

(意)夜が明けてしまえば、いずれ日は暮れるものだと、そして再びあなたと逢えるのだと。分かってはいるのだけれども、やはり恨めしい明け方だ。

藤原道信は23歳で夭折しました。大鏡などでは「いみじき和歌の上手」と言われていました。この歌は後朝(きぬぎぬ)の別れの歌で女性の家を朝ぼらけの中で帰路に立ち、家に帰ってから女性のもとへ贈った歌でしょう。平安貴族は原則的に通い婚でした。明るくなる前に女性の部屋を後にする決まりでした。真冬は寒かったでしょうね。男性は自分の家に帰ると相手の女性に歌を贈る習わしでした。この歌を贈らないと言うことは「お前は良くなかった」と言うことでした。厳しいですね。人気者の女性のところは男性が殺到したようで、先着順と言うわけではなかったのでしょうが女性に断わられると他の女性のところへ回ったのです。男性陣も女性に比べられたのではたまりませんね!忍んで行く時も暗闇の中ですので相手を間違える悲劇もあったのでしょう。そのあたりは源氏物語などに描かれています。相手の浮気を心配する男性は相手の女性を自分の屋敷の中に入れて監視の目を厳しくして浮気相手を寄せ付けないようにしました。

民主党の小沢代表の公設秘書が東京地検に逮捕されたことについて、いろいろ考えると与党にも野党にも得することはあまりありませんね。天に唾することですからね。西松建設からお金をもらっている自民党の大物政治家達もヒヤヒヤかもしれません。政治資金規正法について永田町で一番詳しいのは小沢一郎でしょう。秘書と西松建設との関係は分かりません。検察からマスコミへ、小沢事務所側から西松建設へ請求があったとのリークがありました。この検察からのリークは信用できません。昔から検察からのマスコミへのリークは世論操作の一環で行われます。最近の例ではホリエモンの事件があります。検察のリークで踊らされたマスコミがホリエモンを天下の大悪人に仕立て上げましたが、起訴された罪状はあまり大したものではありませんでした。昨日の文化放送の番組で大竹まこと氏が「与党も野党もこんなことをしてもメリットはない。小沢を一番嫌っているのはアメリカではないだろうか」と言っていました。TBSラジオで勝谷誠彦氏がやはりアメリカの影と小泉元総理の名前を出していました。う~ん!ご明察かもしれませんね。小沢が総理になればアメリカ隷属外交は改められるでしょう。アメリカ国債も日本政府はアメリカの指示通りに買ってくれなくなりますし、アメリカ第7艦隊の発言もこのままにしておくと日本のアメリカ軍基地を維持するために日本政府がアメリカ政府に支払っている思いやり予算もどうなるか分りません。アメリカ軍の日本への駐留経費のかなりの割合を日本がアメリカに払っているのですが少し金額が多すぎますね。日本の思いやり予算がないとアメリカの東アジアのミリタリーバランスに大きな影響があるのです。なんでもイエスと言う小泉みたいな政治家がアメリカには必要なのでしょう。永遠にアメリカに隷属する日本でいて欲しいのでしょう。小沢政権ができると確かに一番困るのはアメリカですね。アメリカに逆らった田中角栄元総理もロッキード事件で逮捕されました。いま田中角栄の愛弟子だった小沢一郎に同じような事が起きようとしています。ダッチロール状態の麻生政権も大博打をうったのかもしれませんね。総理官邸に警察出身の官僚や元官僚が5名もいます。法務大臣は情報を以前から取っていたはずです。選挙前に政治家のスキャンダルで政治家の関係者に逮捕者を出す事は今まで聞いたことがありません。前代未聞の出来事です。まして次期総理大臣にになりそうな人を狙って国策捜査とは、ただただビックリします。東京地検特捜部は公職にある者等のあっせん行為による利得等の処罰に関する法律で立件する心算なのでしょうが、これは俗に言う「あっせん収賄罪」です。非常に難しい判断で裁判になれば非常に長引きますが、対象とされた政治家は抹殺されます。地方議員・国会議員みんなやっている事なのですがね。検察から狙われたら避けられません。こんなことをしても麻生総理の支持率は上がりません。これからまだまだ年金の問題やかんぽの宿の問題など大きなスキャンダルが持ち上がる可能性があります。これで麻生政権は任期満了解散まで引っ張る大義名分が出来ました。4月解散をすれば国策捜査だったことを証明する様なものです。日本にとって大不幸な事です。

このままでは大混乱の中で日本は沈没してしまいます。何とかならないのでしょうか?

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2009年3月 4日 (水)

新宿御苑の早春4

2月28日の新宿御苑です。梅が盛りを少し過ぎたあたりでしょうか。早咲きの桜が綺麗でした。やはり桜にはメジロが良く似合います。福寿草はほぼ終わっていました。これからソメイヨシノや大島桜や彼岸の枝垂れ桜などの新宿御苑の有名な桜が咲き出すでしょう。そして辛夷や白木蓮が桜に負けまいとするかのように咲き競います。今年はかなり早そうなので3月中旬頃から注意をしていないといけませんね。新宿御苑の桜の盛は本当に綺麗です。カメラはオリンパスE-3とズイコーレンズ14-42mm&40-150mm&70-300mmです。軽さにこだわりました。14-42mmと40-150mmは値段の割には写りが素晴らしいと思います。70-300mmは少し疑問符です。1眼レフ換算で600mmまで撮れるのは凄いのですが、AFは遅いですし写りにシャープ感が出ません。まあ撮り方によっては面白い写真になりますので悪くはないとは思いますし、軽さは抜群です。やはり値段を気にしないのなら50-200mmに2倍のテレコンの方が良いと思います。

続古今集から西行法師の歌。

      願はくは

    花の下にて

      春死なむ

    その如月の

    望月のころ

(意)願わくば、桜の花の咲く下で、春に死のう。釈迦入滅のその時節、二月の満月の頃に。

「如月の望月の頃」はお釈迦様の入滅(亡くなること)の日の2月頃の満月の日との意味です。お釈迦様は旧暦2月15日に亡くなりました。お釈迦様は最後の説法の旅に出て、クシナガラ郊外でついに動けなくなり、弟子達に沙羅双樹のあいだに床を敷かせ、そこに頭を北にして横たわりになりました。そして、弟子や集まった人たちが嘆き悲しむのを慰めながら、その夜半に静かに涅槃(ねはん)に入られたといわれています。これが亡くなった人を北枕にするいわれです。「涅槃」とは悟りとも言われますが吹き消すと言う意味もあります。煩悩を吹き消すとの意味でもあります。西行法師は1190年旧暦2月16日(新暦3月30日)に河内の弘川寺で亡くなりました。予言のようなこの歌で述べた1日遅れでしたが、不思議な事に2月16日は満月でした。この歌は西行が晩年に東山の双林寺に庵していた時に詠われたと言われています。この歌は西行法師の歌の中でも有名な歌の一つです。毎年4月16日に弘川寺の裏山の西行法師のお墓で里人達が供養を行っているそうです。この頃の弘川寺は桜好きだった西行法師の供養のため桜の花に埋まっているそうです。一度行ってみたいと思っています。なおこの頃の桜は山桜がほとんどでした。ソメイヨシノは江戸時代に作られた桜です。山桜は花と葉が一緒に出ます。私はソメイヨシノの艶やかな桜もいいとは思いますが、山桜のような桜が個人的には好きです。

昨日民主党の小沢代表の秘書が政治資金規正法で逮捕されました。まさに国策捜査ですね。西松建設からお金を貰っている政治家は与野党とも沢山いるでしょうが、この時点で野党第一党の代表の公設秘書を逮捕するとは、そこまで自民党は追い込まれているのでしょうね。世論の動きを見て早期解散かあるいは麻生総理の願望である任期満了選挙になるか?一昨日、TVで麻生総理が自民党の幹部とはしゃいでいる画像が流れました。定額交付金の事ではなくて地検特捜部が国策捜査に動く事を知ったからなのでしょうね。政治の世界ではやってはいけない事が幾つかあります。検察も与党を守る事に踏み切ったのでしょうね。検察は政権が代わらない方に舵を切ったのでしょう。新党を作ろうとした自民党の金丸信事件と同じパターンの国策捜査ですね。与野党は全面戦争になります。検察が矢継ぎ早に民主党を叩けるかですね。あるいは公平を期して与党側の誰かをやるか?これで日本は大きく変わるかも知れませんね。しかし、日本がいま沈没しそうな時に何をやっているのでしょうね?それだけ政権には政治家だけの旨味があるのですね。司法も政治の手段だとは思いたくないですね。昔からブログに書いていますがどんなお金も企業が政治家に献金するのは賄賂です。利権の期待をもって企業は政治家へ献金するのですから。もともと泥棒が泥棒を取り締まる法律を作ったのですから政治資金規正法はおかしな法律なのです。共産党を除いて全国会議員の資金担当秘書は検察の法律の拡大解釈で全員逮捕される恐れがあります。自民党の政治資金団体の国民政治協会は今回と同じ様な事をもっと大きなスケールでしています。それはどうなっているのでしょうか?やはりお金と政治の関係はもっと厳しく規制すべきでしょうね。

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2009年3月 3日 (火)

起運閣

2月7日に熱海市の起雲閣へ行ってきました。起雲閣は内田信也~根津嘉一郎~桜井兵五郎と三代の政治家・実業家に渡り、桜井兵五郎の時に旅館となりました。この起雲閣は熱海三大別荘の一つと言われています。現在は熱海市の所有となり一般公開されています。旅館時代は山本有三、志賀直哉、谷崎潤一郎、太宰治など多くの文豪達が泊まって小説を書いていたそうです。ここは昭和ロマン時代の雰囲気を色濃く残している建物です。映画やテレビのロケでも時々使われています。先週土曜日のNHKドラマスペシャル「白洲次郎」のドラマでも起雲閣の部屋が使われていました。今週もドラマの中で起雲閣が使われると思います。この敷地の中に染殿と呼ばれる場所があります。源泉のそばで現在は浴室のあたりと言われています。その場所に大昔に都から流されてきた善裕という僧侶が住んでいたそうです。

カメラはソニーα900とVario-Sonnar24-70mm&70-300mmGです。

古今集から二条后(藤原高子)の歌。

      雪のうちに

    春は来にけり

      鶯の

    こほれる涙

    いまやとくらむ

(意)まだ雪の残っているうちに春はやって来たのだなあ。谷間に籠っている鶯の凍った涙も今頃は融けているだろうか。

二条后は陽成天皇の生母でした。陽成天皇は内裏で最初で最後の人を殺した天皇として叔父の藤原基経によって退位に追い込まれました。二条后は自ら建立した東光寺の座主善祐との密通を理由に皇太后を廃されて亡くなりました。廃位されて50年後に復位しました。古今集が出来上がった頃はまだ后位は廃されていたときなのですが、古今集では第4番目の歌として非常に重要な位置に置かれました。それも二条后の名前で載っています。不思議なことですね!当時は朝廷も貴族たちもみんなが知っていた政変がらまりの冤罪だったのでしょうね。東光寺の座主善裕は熱海に流されました。起雲閣の土地に大昔に住んでいた人物と同一人物だと思われます。

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2009年3月 2日 (月)

とうふ屋うかい

2月11日に東京都港区芝公園のとうふ屋うかいへ行ってきました。今回は妻と下の娘の誕生会でした。昔はこの場所に芝のボーリング場があったそうで、東京タワーの足元にあります。2,000坪の敷地に山形から造り酒屋を移築し飛騨の匠によってつくられた建物と日本庭園のある料亭です。かの有名なミシュランで1つ☆になったそうです。和食でこれだけのロケーションで一番高いコースが1人前12,600円とは安いと言えば安いですね。しかし、1つ☆とは?ミシュランも大した事がないなと思いました。もっと美味しい店は沢山あります。外国人観光客向きで、虚仮威し(こけおどし)のように見えました。雰囲気は良かったです。八王子の鉄板焼のうかい亭が船井財産コンサルタンツの系列に入って急速に店舗展開をしているようです。今回は1カ月前に予約を入れました。上の娘は以前接待で行った事があったようで、予約する前に聞いたところ味には首をひねっていました。とにかく一度は話のネタにと思って行ってきましたが、少々期待外れでした。カメラはペンタックスK20Dとペンタックスレンズ18-55mm&50mmF1.4です。

万葉集から大伴坂上郎女(おおとものさかのうえのいらつめ)の歌。

      酒杯(さかづき)に

    梅の花浮け

      思ふどち

    飲みての後は

    散りぬともよし

(意)盃に梅の花びらを浮かべ、親しく思い合う者同士、楽しく飲み交わした後は、梅は全て散ってしまっても良い。

大伴坂上郎女の歌は良いですね。大伴旅人の異母妹で大伴家持の叔母になります。大伴家持の正妻大伴坂上大嬢(おおとものさかのうえのおおいらつめ)の母です。万葉集には大伴家持・柿本人麻呂に続いて第3位の入集です。

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2009年3月 1日 (日)

武蔵丘陵森林公園の早春2

2月5日の埼玉県滑川町の国営武蔵丘陵森林公園です。カメラはオリンパスE-3とズイコー14-54mm&50-200mm&2xテレコンとソフトフィールターです。

和泉式部の家集である和泉式部集から。

      逢ふことを

    息の緒にする

      身にしあれば

    絶ゆるもいかが

    悲しと思はぬ

(意)逢えば別れが必ず来る。それでも逢うことに命をかける(息の緒)我が身だから、緒が絶え二人の中が絶えて命が無くなっても悲しいとは思わない。恋い死をしても本望だ。

やはり和泉式部の歌は意味が濃いですね。やはり当時の最高権力者藤原道長によって「浮かれおんな」と酷評されたほどの恋多き人物でした。確かに彼女の歌も行動も半端ではありませんでした。同時代の女性の紫式部も和泉式部の素行は誉めていませんが歌は上手いと言っています。彼女は頭が良い女性だったのでしょう。男心を弄ぶ一面もあったのかもしれません。いま風に言えば魔性の女でしょうね。男として関わり合いを持ちたくない女性ですが引き寄せられてしまうかもしれません。もっとも私なんか相手にしてくれないでしょうがね!

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