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2009年1月

2009年1月31日 (土)

川口市立グリーンセンター1

1月21日に川口市のグリーンセンターへ行ってきました。カメラはソニーα900とVario-Sonnar24-70mm&ソニー70-300mmG&ミノルタ100mmソフトとソフトフィールターです。梅林が少しずつ賑やかになってきています。

新古今集から式子内親王の歌。

      ながめつる

    けふは昔に

      なりぬとも

    軒端の梅は

    われを忘るな

(意)眺め入った今日は過去になるとしても、軒端の梅は私を忘れずにいておくれ。

昨日の産経新聞インターネット版によると・・・

『オバマ米大統領は29日、公的資金による資本注入が進むウォール街の金融機関で、経営陣に昨年支給されたボーナスが推計総額184億ドル(約1兆6600億円)に達したとの報道に触れて、「恥ずべきことだ」と非難した。ホワイトハウスでガイトナー財務長官と会談した席で、記者団に語った。オバマ大統領は「支援を求めているウォール街の人々には、抑制や自戒、責任といった感覚を少しはみせてほしい」と指摘。国民の税金で経営再建に取り組みながら、世間の相場とかけ離れた高額の賞与を受け取る感覚を「無責任のきわみだ」と酷評した。この日の会談は、議会で審議中の景気対策法案に加えて、金融改革などを織り込んだ包括的な経済対策を協議するため行われた。大統領は、2004年とほぼ同じ賞与水準を手にする経営感覚に疑問を示した形だが、金融機関をやり玉に挙げる批判方法を「ことを単純化し過ぎだ」(米CNBCテレビ)と懸念する声も出ている。オバマ大統領は、当選直後の昨年11月にも、金融機関の経営陣に賞与の辞退を求める考えを表明。「人員削減に取り組まざるを得ないのなら、せめて自らも犠牲を払うことを言明すべきだ。それが責任だ」と述べていた。』

全くオバマ大統領が怒る通りですね。日本の経営者はアメリカほど滅茶苦茶な賞与をもらっていないようですが、外国人がCEOなどになっている会社は役員の平均所得は軽く数億円を超えているようです。今回の経済不況で真っ先に人員カットをしている会社です。最近の日本はアメリカの真似をする事が正しいとの考え方が蔓延して来ていました。やはりそれは間違えた考え方だったのです。失業率は5パーセントを軽く超えそうです。私は会社決算の9月末までに失業率は8パーセント近くまで上昇して年末には10パーセントに迫ると思います。10パーセントは昭和大恐慌に迫る数字です。ローン破綻者が巷に溢れるでしょう。アメリカの捜査当局は一連の経営危機の経営者が高額賞与を受け取ったことに犯罪の疑いがあるとして捜査に入ったそうです。アメリカの偉いところは特別検察官を大統領が指名して、どんなに重要人物でも経済犯罪者は捕まえて一生刑務所から出さないところです。多分公的資金を注入された企業から経済犯罪者が沢山刑務所に送られると思います。金銭まみれの共和党から民主党へ政権が代わりましたのでオバマ大統領はやるでしょうね。ますます暗殺される危険が増えるでしょうが、頑張ってもらいたいと思います。一方、日本はどうなってしまうのでしょうね。頭が訳が分からなくて、気力をなくしている麻生総理の元で日本は漂流を続けるのでしょうね。政治が空白でも日本は議会制民主主義ではなく、事質的に官僚内閣制ですから何とか持つでしょう。だから麻生総理は官僚の渡りを禁止する事が出来ないのです。公務員改革について人事院総裁の谷氏の反乱に対して明確な指示を出せず総理大臣が人事院の総裁に屈服するのはすでに官僚も麻生総理から離れている証拠でしょう。まさに四面楚歌状態です。定額給付金を国民買収資金として選挙をしないと支持率が下がりっぱなしの与党では選挙は出来ないのでしょう。そのための2兆円です。国民は騙されないと信じます!

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2009年1月30日 (金)

再び、大宮第2公園の梅林

1月25日のさいたま市の大宮第2公園の梅林です。梅はまだこれからです。紅梅はかなり進んでいましたが白梅はまだ蕾が大多数でした。我が家のワンちゃん達ルイ君とマリアンちゃんも一緒に行ってきました。ルイ君はあまり歩かないのですが、ルイ君は走り回っていました。カメラはソニーα900とVario-Sonnar24-70mm&70-300mmG&ミノルタ100mmソフト&ミノルタ100mmマクロ&ミノルタ500mm&ソフトフィールターです。最後の4枚はミノルタ100mmソフトレンズでボケの程度を目盛0から3まで段階的に4枚撮りました。F2.8の開放でA優先で撮影しました。このレンズはミノルタのフィルムカメラを使っていた頃、よく使ったレンズでクローズアップフィールターを使ってマクロ撮影にも使いました。目盛を0にするとなかなかシャープです。目盛を3にするとかなりのボケです。強くボケさせる時は露出を少し強くマイナス補正しないと訳のわからない画像になります。意外とボケのコントロールが難しいです。このレンズはデジカメで使うと少し感じが違ってるように思えます。やはり、ポジで使う100mmソフトレンズは素晴らしい写りだったと思います。

新古今集から藤原定頼の歌。

      来ぬ人に

    よそへて見つる

      梅の花

    散りなむ後の

    なぐさめぞなき

(意)花の香に、いつまで待っても来ない人を偲びながら、我が家の梅を眺めていました。花が散ってしまったら、後はもう何も慰めがありません。

詞書に「梅の花にそへて大弐三位に遣はしける」とあります。藤原定頼は書や誦経にも優れた風流才子で容姿端麗だったと言われています。この歌を歌ったのは権中納言の時でした。彼は数多くの恋人達と浮名を流しました。この歌を贈られた大弐三位とは有名な源氏物語の作者である紫式部の娘です。何度かの結婚の後で正三位大宰大弐高階成章と再婚し後冷泉天皇の即位後に従三位典侍となりました。

新古今集に載っている藤原定頼のこの歌の返し歌として大弐三位の歌。

 春ごとに 心をしむる 花の枝(え)に

   誰(た)がなほざりの 袖かふれつる

(意)春が来るたび、あなたの家の梅の花のことが心を占めていました。その枝に、誰が袖を触れて香りを移したのでしょう。私みたいに深い思い入れもなく、いい加減な気持で。

面白い掛け合いですね。浮気性の定頼をからかって歌い返したのでしょう。さすが紫式部の娘だけのことはありますね。お洒落な歌です。二人の関係はどうだったのでしょうね?誰にもわかりません。

かんぽの宿のオリックスへの一括売却を一応日本郵政は渋々と引っ込めたようですが、日本郵政の西川善文社長の記者発表は酷いものでした。オリックスへの一括売却にいまだ含みを残しているようです。やはり何かがあるのでしょうね!本当にひどい話です。さいたま市にある施設も売却のリストに入っているようですが、上田埼玉県知事も記者会見の中でさいたま市の施設だけで資産価値は一括売却額とほぼ同等だと怒っていたそうです。小泉政権の経済財政諮問会議のメンバーはオカシナ人が多かったです。小泉政権下で「構造改革」路線の象徴だった経済財政諮問会議だったのですが、この会議は、大手企業の利益重視に偏った民間議員構成で政商と言われた人達が多数入っていました。また御用学者と言われている学者達がメンバーとなっていました。彼等は自分の利益優先に走り、日本経済つまり国民生活を破壊してしまいました。おまけにあまりにもブッシュ政権に隷属的な意見を通し官業の利益に走ったため、ブッシュ政権の崩壊とともに日本も世界同時大不況の予兆の中で、のた打ち回っているのです。このようになる事は小泉が経済財政諮問会議のメンバーを作った時から一部の人達の間では現在のようになる事は予想がある程度はされていました。しかし、マスコミは小泉のトリックである「抵抗勢力」外しに協力したのです。諮問会議に疑問を呈する人達はマスコミの番組からはずされました。オカシナ話です。何時から日本のマスコミは政府に尻尾を振るようになったのでしょうか?今は掌を返したように公然と批判しています。マスコミはいい加減です。

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2009年1月29日 (木)

上野東照宮ぼたん苑の冬牡丹2-3

1月15日の上野公園の東照宮のぼたん苑の冬牡丹です。やはり牡丹はため息が出るほど綺麗ですね。カメラはペンタックスK20Dとペンタックスレンズ55-300mm&タムロン90mmマクロとソフトフィールターです。

白楽天(白居易)の漢詩。「惜牡丹花」と題する2首の詩のうちの1首。

 惆悵階前紅牡丹  惆悵(ちゅうちょう)す階前の紅牡丹
 晩來唯有兩枝殘  晩来唯(た)だ両枝のみ残る有り
 明朝風起應吹盡  明朝風起らば応(まさ)に吹き尽くすべし
 夜惜衰紅把火看  夜、衰紅を惜しみ火を把(と)りて看(み)る

この詩は翰林院(かんりんいん)で詠まれたものです。翰林院は中国の唐時代中期以降の主に詔書の起草に当たった役所です。皇帝直属機関で非常に重要な役所でエリート官僚の登竜門でした。白楽天は翰林院学士でした。

昨日の国会で与謝野経済財政相の衆参両院で2回行う経済演説で「麻生総理のリーダーシップの下」と言うフレーズを読み飛ばしたそうです。同じ個所を2回も読み飛ばす事は考えられない事です。何か与謝野大臣の心の底で何かが起きたのでしょうね。面白い話ですね。いよいよ自民党も政府も分裂状態になってきたのでしょうね。麻生総理の施政方針演説も何かおかしいです。やる気を少しなくしてきているのかも知れませんね。それでも1日でも長く総理の椅子にしがみついていたいのでしょう。ますます国民生活は置いて行かれます。早く総選挙をして民主党に政権を明け渡すべきでしょう。民主党政権もそんなに長く続かないでしょう。やはり政界再編など政治空白は長く続くでしょうが仕方がないと思います。先日、今年3月末までに40万人が職を失うとのニュースがありました。政府発表の8万人とはかなり違いますが40万人の方が実数に近いのではないかと思います。国民は耐えるしかありません。

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2009年1月28日 (水)

渡良瀬遊水地の朝焼け

1月25日早朝に渡良瀬遊水地へ行って来ました。天気予報では物凄く冷え込むとの事でしたが。-5度程度でした。寒かったのは確かですが風が無かったのが幸いでした。もちろん完全武装でホッカロンを腰に張り、コートの両ポケットには炭を使った携帯懐炉を入れ、カメラ用に巻くように小さいホッカロンを仕込んだマフラーを持って長靴を持って行きました。残念ながら霧は湧きませんでした。しかし、晴天に朝焼けが刻一刻と色を変えて明るくなって行きました。時間は短いですがやはり朝焼けは綺麗です。カメラはソニーα900とVario-Sonnar24-70mm&70-300mmGです。

新古今集から西行法師の歌。

      岩間とぢし

    氷も今朝は

      解けそめて

    苔のした水

    道求むらむ

(意)岩間に閉じ込められた氷も今朝は解け始めて、苔の下にあった水も、流れる水となっているだろう。

「苔のした水」とは苔の間を岩肌に沿って微かに流れる水です。冬の間は凍っていて春になり溶けて流れ落ちる水での事でしょうか?西行のこの歌から「苔のした水」と和歌で詠われるようになった言葉使いだそうです。冷えて固まってしまった世界経済もこの歌のようにいずれ10年ほどしたら溶けて流れるでしょう。

さて、経済ネタです。

中国で「保有するアメリカ国債の残高を減らすべきだ」との議論が出てきました。アメリカが金融危機の対応で国債を大量に増発し、今後の価格下落が見込まれるためで当然その議論がなされることはわかっていますが、中国社会科学院世界経済政治研究所の余永定所長は1月初めに中国紙上で、アメリカ国債が供給過剰になるリスクに触れて「米国債をある程度売り、ユーロや円の資産を増やすべきだ」と指摘したと伝えられています。余永定氏は、中国政府のシンクタンクである中国社会科学院世界経済と政治研究所の所長です。つまり中国の経済政策に強い発言力のある研究者です。中国社会科学院は中国政府のシンクタンクであり、政府の政策決定機関と緊密な関係にある余所長は、その発言自体が政府の思惑を代弁しているのでしょう。2008年9月に中国はアメリカ国債を436億ドルも多く購入し、同時期に日本はむしろ128億ドルのアメリカ国債を売却したとも言われています。この辺の国債の購入売却は、それぞれの政府の超極秘情報で対外的には決して正式に漏れることはないのです。中国は5850億ドルの残高で日本の5732億ドルを上回り、世界一のアメリカ国債所有者になったと言われています。中国のアメリカ国債っを5850億ドル持っているのは徐氏の発言ですから間違いないところだと思います。中国も悩んでいるのでしょう。またオバマ政権への揺さぶりかもしれません。日本が128億ドルのアメリカ国債を売却したとすればこれは凄いことを日本政府がしたことです。128億ドルはどこへ行ったのでしょう?何かの穴埋めかな?

日本の持っていると言われるアメリカ国債の資金の出所は闇の中です。たぶん年金の資金と旧郵便貯金などが、かなりの部分だと思われます。つまり、アメリカ国債はこれから間違いなくかなり下がります。為替もドルは下がります。つまり年金も旧郵便貯金もダブルで大穴があくということです。またすでに為替差損は3割は軽く超えているはずです。これは小泉政権下で竹中大臣が強引に推し進めた政策です。私はここに倒産したリーマンが絡んでいると思っています。これはアメリカからの日本政府への要望ではなく日本政府への指示とされ毎年送られてくる「日米規制改革および競争政策イニシアティブに基づく日本国政府への米国政府要望書」に基づいた政策です。歴代日本政府は適当にお茶を濁してきたのですが竹中大臣は日本で税金を払わないアメリカ大好き人間ですからアメリカの指示に従ってとんでもないことをしてしまったのです。アメリカもアフガンとイラクの戦費捻出のため強引にアメリカ国債の購入を迫ってきたのでしょう。日本と中国がアメリカ経済を支え、戦費を調達していたのです。日本の場合はキャッシュ・ディスペンサーとしても機能させられていました。今回の世界的大不況は明らかにブッシュ政権による人災で、いずれブッシュ政権の大きなスキャンダルが出てくるはずです。

もしも中国か日本がアメリカ国債を大量売却したらどうなるか?考えただけでも背筋が寒くなります。世界大恐慌へ真っ逆さまに落ちるでしょう。それだけにしたたかな中国はアメリカへ揺さぶりをかけているのでしょう。昔、橋本総理がワシントンで日本の大量に持っているアメリカ国債の大量売却について言及したことがあります。日本の総理大臣の発言ですので、その数分後にはマーケットが暴落したことがあります。日本も政府要人ではなく少し外にいる人を使ってブラフ(はったり)をかけるのもいいのかもしれません。悲しむべきことにそれだけの芸当ができる政治家も官僚も今の日本にはいませんがね。

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2009年1月27日 (火)

上野東照宮ぼたん苑の冬牡丹2-2

1月15日の上野公園の東照宮ぼたん苑の冬牡丹です。カメラはペンタックスK20Dとペンタックスレンズ18-55mm&55-300mm&タムロン90mmマクロ&ソフトフィールターです。

白楽天(白居易)の漢詩「牡丹芳」から。

 花開花落二十日

 一城之人皆若狂  

(意)花開き花落ちるまでの二十日の間、都の人みな狂うがごとし

牡丹芳は長い漢詩です。その漢詩の一番有名なところです。意味は唐の時代にも牡丹バブルのようなものが起こり、白楽天はそれを憂いて「牡丹の美しさよりもっと大事なものがある」と嘆いた詩です。いまの世界中に蔓延している拝金主義にそのままあてはまる話です。白楽天の漢詩は平安時代の貴族にとって教養を高める為の必需品でした。唐から遣唐使によってもたらされる重要な唐からの到来物で、遣唐使達は唐の都、長安で白楽天の詩集を争って買い求めました。

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2009年1月26日 (月)

新宿御苑の春の始まり2

1月17日に新宿御苑へ行って来ました。カワセミを見つけましたが生憎70-300mmレンズしか持っていかなかったので少し距離が足りませんでした。カワセミは池の小魚を捕っていました。ニャン子ちゃんのうち1匹の体調が悪そうでした。他のニャン子ちゃん達は元気でした。新宿門の辺りにも遠征してきたニャン子を見かけました。カメラはソニーα900とソニーレンズ70-300mmGです。

万葉集から佐氏子首(さしのこおびと)の歌。

      万代(よろづよ)に

    年は来(き)経(ふ)とも

      梅の花

    絶ゆることなく

    咲き渡るべし

(意)万年の後になっても、梅の花が絶えることなく咲き続けて欲しいものだ。

この歌は万葉集第5巻の太宰帥大伴旅人の屋敷での観梅の宴で詠まれた32首の一つです。佐氏子首はこの当時は筑前介(筑前守の次席)でしたので筑前守だった山上憶良の直属の部下でした。

仕事で使っているVistaのPCのCドライブが一杯になってしまったので、昨日半日かけてCドライブの領域を70GBから250GBに増やしました。Vista PCにはCドライブの領域を簡単に増やせるソフトが組み込まれているそうですが、メーカーのNECに問い合わせたところセットアップを勧められました。セットアップをするとC・Dドライブともデーターが無くなるので金曜日にC・Dドライブのデーターを外付けHDDに移ておきました。日曜日は昼前から領域の変更とセットアップを始めました。取扱説明書にはセットアップはセットアップDVDを使ってとありましたが、何とパソコンに隠れたドライブにセットアップのデーターが残っていたようで、ほとんど自動でPCが勝手にセットアップをしてくれました。意外と簡単でした。XPでは何度もセットアップをしたことがありましたがVistaでは初めての経験でした。非常に簡単になっているのに驚きました。夕方までにはデーターを戻しアンチウイルスソフトや色々なソフトを戻しました。結構待っている時間が長くて本を読めました。これでしばらくは安心してPCを使えます。

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2009年1月25日 (日)

川口市立グリーンセンターの春の始まり3

1月11日の埼玉県川口市の川口市立グリーンセンターです。今日は大温室の画像です。カメラはオリンパスE-3とズイコーレンズ14-54mm&50-200mm&50mmマクロ&x1.4テレコンです。

万葉集から読み人知らず。

      人妻に

    言ふは誰(た)が言(こと)

      さ衣の

    この紐(ひも)解けと

    言ふは誰が言

(意)人妻の私に言い寄るのは誰?下着の紐を解いて寝ようと言い寄るのは誰が言っているの?

この歌の紐(ひも)は下着の紐です。紐を解くとは愛の行為のことです。誘いかけられた人妻がからかっているのでしょう。昔の婚姻は面倒な事はなかったようで、原則自由恋愛でした。大家族主義の中で1夫多妻あるいは1婦多夫の場合もありました。若い男女間で女性が沢山の男性と性関係を結んだ場合、子どもが生まれると、その子供の父親の指名権は女性にありました。僕の子供ではないはずだと思っていても黙って父親として扶養の義務を果たす決まりでした。古代の婚姻の形式は地方により時代により大きく変わっていましたが、原則は妻問い婚(男性が女性の元へ通う)でした。後家と娘は若衆のものと言われた地方もあったようです。今でもその痕跡は夜祭(暗闇祭・夜這い祭)や若衆宿などに残っているとも言われています。また万葉集などに見られる歌垣(うたがき)は中国南部や東南アジアなどでも共通してみられる男女交際のシステムで、日本の場合は春秋など農作業の区切りの時に若い男女が地域の境界などに集ってお互いに歌を歌い合い相手を求める風習でした。歌を詠い合うので歌掛き、歌懸き、嬥歌(かがい)とも言われていました。

やっと最近再び年金の問題をマスコミが取り上げるようになりましたね。まったくフザケタ話で厚生労働省も社会保険庁も真面目にやっているとは到底思えません。政治家は与野党問わず協力して解明に当たるべきです。やはり早急に公務員倫理法を作って処罰が出来るようにすべきです。これは明らかに職務怠慢と横領です。国家による詐欺事件です。最近の厚生労働省はおかしいです。母子加算の廃止など弱者切り捨ての何物でもありません。自民党は昔から強いものの味方ですから仕方がないとしても、弱者の味方と言っていた公明党が母子加算廃止に賛成したとは信じられません。強いものに味方するために公明党は与党となったのでしょうか?弱者は切り捨てるのですか?いま慌てて見直しを計画しているようですが、定額給付金で国民が喜んで拍手すると思っていたのでしょうか。母子加算の毎月2万円を1回の定額給付金でチャラにしようとしたのでしょうか?

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2009年1月24日 (土)

上野東照宮ぼたん苑の冬牡丹2-1

1月15日に上野公園の中にある上野東照宮のぼたん苑の冬牡丹です。今年2回目の撮影でした。やはり牡丹は綺麗ですね!カメラはペンタックスK20Dとペンタックスレンズ18-55mm&55-300mmとソフトフィールターです。

新古今集から太宰大弐(藤原)重家の歌。

      かたみとて

    みれば歎きの

      ふかみ草

    何(なに)なかなかの

    にほひなるらむ

(意)故六条摂政殿の形見として、見れば嘆きが深くなる花の牡丹ですね。深い悲しみのなかで、中々の美しさですね。

詞書によれば、この歌は六条摂政の藤原(近衛)基実が亡くなった後で、正室平盛子から贈られた牡丹の花を詠んだ歌です。牡丹は深見草、二十日草などと呼ばれていたようで平安初期に中国の唐から渡来したと思われます。日本ではあまり和歌には詠われませんでしたが、中国では漢詩に沢山詠われています。平家が後に朝敵になったので詞書には故六条摂政の女房から形見として牡丹を贈られたとなっていますが、間違いなく正室の平盛子から贈られたものです。平盛子は平清盛の三女で9歳で近衛基実に嫁ぎ11歳で寡婦になりました。11歳の盛子が7歳の近衛基実の嫡男である基通の養母となり基実成人までの間は盛子が一時的に摂関家領を相続して、盛子の実父である平清盛がその実質管理を行うことになりました。これを後世の歴史家たちが、平清盛による日本で一番の土地持ちである摂関家領の「日本史上最大の押領事件」であるとしました。誹謗中傷のたぐいですね!

イスラエルのガザ攻撃の残虐性が徐々に出てきました。イスラエルのやり方はナチスの犯した国際犯罪と全く同じです。オバマ大統領は就任早々にイスラエルの暴虐性を支持する演説をしたそうです。殺し合うしかないのでしょうかね。ユダヤの国イスラエルには正当性はないと思います。平和に生活をしていたパレスチナ人の土地に勝手に入り込んで来て、ここは我々が神から与えられた土地だからお前ら出て行けと土地を占領したのです。そんな勝手な事を言った神とは誰!これで怒らない人がいたら見てみたいです。それに気がつかないのがイスラエルやアメリカでしょう。イスラエルの建国は第2次世界大戦に世界中のユダヤ人が連合国に協力した見返りだと言われています。60年以上前の話です。行きつく先はお互いに殺し合いしかないでしょうね。イスラエルは日本が満州でしてきた事よりもっとひどい方法でパレスチナ人を虐殺しています。第二次世界大戦以降の世界の紛争の大元はイスラエル(ユダヤ)とアラブの争いです。世界に紛争をもたらしているのは誰なのでしょう!日銀の大株主の一人はイギリスのロスチャイルド(ユダヤ人)です。いま世界中の中央銀行でロスチャイルドが株を持っていない国はイラン・北朝鮮・スーダン・リビア・キューバの5カ国だけだそうです。この前まで他に2カ国ありました。それはイラクとアフガニスタンだったそうです。ブッシュ前大統領の言う悪の枢軸国がこの中に3つも入っていました。ブッシュが国際テロリストがいると言って攻めた国(アフガニスタンとイラク)が入っていると言えばどんな人にも想像がつくでしょう。

それでは初代ロスチャイルドの言葉「私に一国の通貨の発行権と管理権を与えよ。さすれば、誰が法律を作ろうとそんなことはどうでも良い」みんな気をつけないといけませんね!

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2009年1月23日 (金)

大宮第2公園の梅林

1月14日さいたま市の大宮第2公園の梅林です。本当に咲き始めでした。カメラはペンタックスK20Dとペンタックスレンズ18-55mm&55-300mmとソフトフィールターです。

万葉集から山上憶良の歌。

      春されば

    まづ咲く宿の

      梅の花

    独り見つつや

    春日(はるひ)暮(くら)さむ

(意)春になれば真っ先に咲くわが家の梅の花、独り眺めて春の日を暮すとしようか。

この歌は万葉集の第5巻の中の太宰帥だった大伴旅人の屋敷で天平二年(730年)1月13日の観梅の宴で詠まれた32首の一つです。参加者32名が一人で1首づつ詠った歌が万葉集に載っています。この時、山上憶良は筑前守として筑前に赴任していました。太宰帥大伴旅人の直属の部下でした。筑前国は7世紀末頃に筑紫国が筑前国と筑後国とに分けられました。国庁は太宰府近くの御笠郡にあたようですが、まだ遺跡は見つかっていません。

西松建設の社長が20日に退任同日に逮捕されました。これだけピッチが速いのは極秘メモが地検特捜が手にしているのでしょうね。時効にかかる5年前から職務権限のあったポストにいた大臣・副大臣・政務官等の経験者でお金をもらっている政治家は戦々恐々でしょうね。収賄側(お金を貰う側)の時効は5年ですが贈賄側(お金を渡す側)の時効は3年です。この時効の5年と3年の差の2年で贈賄側はお喋りになるのです。この収賄と贈賄の時効の差の法律を作った人は頭の良い人だったのでしょうね。職務権限がなければ政治資金規正法内ならば問題ありません。政治資金規制法に抵触するお金は、お金を返して修正申告をすれば問題無しとなっています。泥棒はお金を返しても窃盗罪で逮捕されますが、政治家は勝手に自分達は法律の外と決めています。いわば泥棒が泥棒を取り締まる法律を作るようなものなのです。純法律論からすると不思議な理論なのです。それと収賄側が貰ってないと言っても贈賄側がお礼あるいは依頼の目的でお金を渡したと言えば贈収賄は立件できます。その場合渡した金額と金種や時間と場所(間取りなども)を収賄側は証言する必要があります。だいたい皆で創作するのです。アナタも5年前の今日の11時13分に何処にいて何をしていたか思い出せますか?smile

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2009年1月22日 (木)

新宿御苑の春の始まり1

1月17日の新宿御苑です。春が始まりかけていました。秋バラもまだわずかですが咲残っていました。新宿御苑の水仙は綺麗ですね。日本水仙と西洋種のペーパーホワイトが今の新宿御苑を代表する花です。梅は咲き始めでした。10月桜はまだ咲いていますが終わりに近づいているようでした。寒桜は数輪が咲き始めたところでこれからが楽しみな桜です。厳しい寒さですので池の面の氷が昼になっても溶けません。カメラはソニーα900とVario-Sonnar24-70mm&ソニーレンズ70-300mmGです。

千載集から源俊頼の歌。

      春のくる

    あしたの原を

      みわたせば

    霞もけふぞ

    立ちはじめける

(意)春の来る朝、あしたの原を見わたすと、霞もまさに今日から立ち始めたのだった。

この歌は千載集の一番最初の歌です。千載集は千載和歌集が正式名称です。選者は藤原俊成で千載集の中に読み人知らずとして平忠度の歌が入っているので有名です。これは平家物語などに載っている有名な話で、平忠度は平家の都落ちの時に途中から引き返し和歌の師の藤原俊成に自詠の巻物を託したのです。藤原俊成は朝敵となった平忠度の名前を出さず読み人知らずとして次の1首を千載集に載せました。

 さざなみや 志賀の都は 荒れにしを

  昔ながらの 山桜かな

平忠度は一の谷の戦いで岡部忠澄に討たれました。平忠度は乱戦の中で源氏の武士にまぎれていましたが、当時の貴族の必需品である鉄漿(おはぐろ)をしていたことから平家の武将であることが分かってしまい岡部忠澄に討たれてしまいました。岡部忠澄は武蔵七党の猪俣党の庶流で埼玉県深谷市(旧岡部町)に本拠があったと言われています。

昨日のアメリカの株価の大幅下落はオバマ新大統領の責任ではありません。不思議な事で何時もの事なのですが、日本の新聞にはほとんど出ていない重要なニュースがあります。イギリスのロイヤル・バンク・オブ・スコットランド(RBS)が倒産しそうなのです。この銀行は普通の銀行ではありません。ポンドの紙幣発行3行の一つで、イギリス第2位の金融グループです。これが倒産するとイギリスは飛んでしまうかも知れません。RBSグループのアメリカ法人はアメリカ大手金融機関の一つです。昨年10月にイギリス政府より200億ポンドの資本注入が行われました。この銀行が倒産したら大変な事になります。RBSの株価は先週末から19日終値まで1日で67%近く値下がりしています。これはイギリス政府による完全国営化しか残された手はないと思われます。そうなれば他の世界中の金融機関にも大きな影響が出ます。これにより欧州の金融機関の株が既に大幅に値を下げています。日本にもいずれは影響が出てきます。アメリカのオバマ新大統領は世界を滅茶苦茶にした人達の後始末で就任早々大変な事になっています。これは止まらないかも知れません。悲観的な見方ですが大恐慌が始まるのかも知れません。新大統領就任式のお祭り騒ぎも昨日だけですね。とにかくアメリカがしっかりしてくれないと大変な事になります。世界中が一致協力するしかありません。オバマ新大統領の就任演説は地味でした。しかし内容は非常に充実していたと思います。日本人も見習わないといけないところも沢山ありました。それにしてもオバマ新大統領の就任演説を聞いていると日本の政治家のレベルの低さがよ~く見えてきてきますねdespair

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2009年1月21日 (水)

ベゴニア2

12月27日の伊東市天城東急のベゴニアガーデンです。夕方の帰り道で野生の鹿に出会いました。20匹程度の小さな群れでした。こちらを警戒していました。カメラはソニーα900とVario-sonnar24-70mmとソニー70-300mmGです。

万葉集から舒明天皇の歌。

      夕されば

    小倉の山に

      鳴く鹿は

    こよひは鳴かず

    寝(い)ねにけらしも

(意)夕方になると、いつも小倉山で鳴く鹿が、今夜は鳴かない。もう寝てしまったのだろうか。

舒明天皇は天皇に即位する前は田村皇子と呼ばれていました。在位中は蘇我蝦夷が大臣として朝廷の実権を把握していました。舒明天皇の一代前は推古天皇で推古天皇が亡くなった時に、蘇我蝦夷は蘇我系の山背大兄皇子(一説には聖徳太子の子供と言われる)を天皇にしないで田村皇子を選びました。政治的決断ですね!舒明天皇の子供が中大兄皇子(天智天皇)と大海人皇子(天武天皇)です。舒明天皇の時代に日本からの遣唐使の答礼として唐の太宗皇帝は新州刺史高表仁を唐使として日本に送って来ました。この歌は万葉集の8巻1511番の歌です。同じような歌が1664番に雄略天皇の歌として載っています。

 夕されば 小倉の山に 伏す鹿は 

    こよひは鳴かず 寝(い)ねにけらしも

鳴く鹿と伏す鹿の違いです。どう見ても同じ歌ですね。

今朝のオバマ大統領の就任式とパレードは日本から見ると羨ましいですね!それにしても政治家の世襲はブッシュ前大統領を見ても、日本の小泉・安倍・福田・麻生を見ても上手くないですね。やはり政治を家業とする業で特権階級意識が強くなり周りが見えなくなります。西松建設の前社長まで逮捕されました。どうなるでしょうね?与党多数の長期政権は腐敗が生まれます。

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2009年1月20日 (火)

伊豆シャボテン公園2

12月31日の伊豆高原の伊豆シャボテン公園です。公園からは近くには伊東の街、初島、三浦半島が、遠くには房総半島でしょうか?

後撰集から小野小町の歌。

      花咲きて

    実ならぬものは

      わたつ海の

    かざしにさせる

    沖つ白浪

(意)美しく花咲いて、実を結ばないものは、海の神が髪飾りに挿す沖の白波のことだ。

詞書に「海のほとりにて、これかれ逍遥し侍りけるついでに」とあるので、気安い人達と一緒に海岸を歩いている時に即興で詠った歌なのだと思います。白い波頭は浮かんでは消えるので実を結ばない恋の様だとも読めますね。

20日はアメリカ大統領オバマ氏の就任の日ですね。もっともにアメリカ時間では明朝となります。オバマ大統領に期待する事は大きいですが、過度の期待に答える事は難しいでしょう。あまりにもお粗末で滅茶苦茶なブッシュ大統領の後ですから誰がやっても難しいでしょう。世界中を不幸にしてしまったブッシュの後始末は大変だと思います。やはり世界の宗教の中で原理主義者は馬鹿が多いです!代表例が原理主義のキリスト教福音派のブッシュです。原理主義とは自分の信ずる宗教以外はすべて邪教と言う考え方です。共存共栄など考えられず、親切心から他人を救ってやろうとお節介をします。こちらに来なければ殺してしまえの単純思考です。つまり映画の西部劇の考え方です。このやり方で先住民族のアメリカ・インディアンを駆逐してアメリカ合衆国が出来たとも言えると思います。単純に言えば侵略戦争です。白人の理論で言えば部族国家は国家にあらずと言う事で侵略戦争ではないと言うのでしょう。アメリカの歴史を見れば決して誉められたことはばかりではありません。現にアメリカ合衆国内には563のインディアンの連邦承認部族政府が存在しているのです。これらは部族領地内での立法、課税、住民権や免許の認可など、自治政府の部族の力の制限は州への制限と等しく、例えば、交戦権、外交関係の締結、硬貨や紙幣の製造などを含む」として、しばしば「インディアン保留地は独立国家に等しい力を持つ」とも言われています。しかし連邦承認部族政府はすべてアメリカ内務省のBIA(インディアン管理局)の100パーセントの管理下にあり部族政府の決定はすべてBIAの承認なくして発効はしない決まりとなっています。その昔アメリカの国土はすべてインディアンの土地でした。白人がインディアンの土地を奪い痩せた土地に押し込めたのです。現在のアメリカ・インディアンを表す有名な言葉があります。「我々はワインにひたすら没頭する。なぜなら、酔いつぶれているときだけが、唯一我々インディアンが自由な時だからだ」。アメリカの西部開拓史は、今回のイスラエルのガザ攻撃に共通する点があります。アメリカはイスラエルを後押ししています。オバマ新大統領はどうするのでしょうか?経済政策と同じように世界中が注目していると思います。

一方日本はこれからどうなるのでしょうか?心を浮き立たせてくれる政治家は出ませんね。麻生総理も東京地検特捜部の動き待ちでしょうかね!西松建設の国策捜査を本格的に始める事が出来るかが麻生総理の命運を握っているのかも知れません。警察も検察も官僚組織です。自分達の利益のために動きます。日本の司法組織は次の勝ち組に乗ろうとしているのかも知れません。これからどうなることかは全く分かりません。民主党の幹部をやっつけた後で民主党政権が出来たら間違いなく報復されます。ここはよ~く考えないといけませんね!いまのところアメリカも口出しはしないでしょうし。

しかし、オバマ大統領の就任演説が楽しみですね。たぶん歴史に残る名演説となると思います。私が高校・大学と英語のテキストとしてリンカーン大統領の演説とケネディー大統領の演説がありました。それを暗記するほど読みました。それを読むと胸がわくわくしたことを懐かしく思い出されます。

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2009年1月19日 (月)

川口市立グリーンセンターの春の始まり2

1月11日の埼玉県川口市の川口市立グリーンセンターです。梅とマンサクは咲き始め、蝋梅は満開前でした。十月桜は満開を過ぎていましたが綺麗でした。柿の木にメジロが2羽飛んできて柿の実を食べていました。春近しですね!カメラはオリンパスE-3とズイコーレンズ50-200mm&50mmマクロ&x1.4テレコンとソフトフィールターです。

万葉集から小野老(おののおゆ)の歌。

      梅の花

    今咲ける如(ごと)

      散り過ぎず

    わが家(へ)の園に

    ありこせぬかも

(意)梅の花よ、今咲いているように、散り過ぎることなく我が家の庭に咲き続けておくれ。

この歌は太宰帥大伴旅人の筑紫の屋敷での観梅の宴での32首の歌の一つです。小野老はこの時、太宰小弐(次官補)として大伴旅人の下にいました。小野老は誰でも知っている有名な

 青丹(あおに)よし 奈良の都は 咲く花の

   にほふがごとく 今盛りなり

の作者です。小野老は後に太宰府の大弐(次官)となり筑紫で亡くなりました。この歌は小野老の太宰府への着任を祝う宴で詠まれたものです。小野老は太宰帥(だざいのそち)の大伴旅人を中心とする筑紫歌壇の一人でした。古代の大宰府は進んだ唐の文化が遣唐使船や新羅船によって日本に最初に入ってくる土地でした。それだけに大和朝廷にとっては重要な出先の役所で漢文の素養のある文化人的役人の赴任地でもありました。大伴旅人(太宰帥)の自由闊達な酒を楽しむ歌。そして山上憶良(筑前守)のように人間的な道徳的思想的な歌を詠う人達が歴史の偶然で大宰府で集ったのです。太宰府の大伴旅人の屋敷の観梅の歌はすべて万葉集第5巻に纏まって入っています。この第5巻は漢文の素養が一番濃く見える巻で万葉集の中では一番面白いかも知れません。

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2009年1月18日 (日)

浅草の年の暮れ

12月20日に浅草へ行って来ました。上野公園から入谷経由で歩いて浅草まで行って来ました。途中ふぐ料理で有名な三浦屋の前を通りました。三浦屋はフグでは有名な店でとにかくボリュームの多さと値段の安さにはビックリします。浅草寺(せんそうじ)は相変わらす凄い人出でした。

浅草七福神は九社寺あります。「九は数のきわみ、一は変じて七、七変じて九と為す。九は鳩でありあつまる意味をもち、また、天地の至数、易では陽を表す」という古事に由来したことによるそうです。浅草七福神は浅草寺・・大黒天、浅草神社・・恵比寿、待乳山聖天・・毘沙門天、今戸神社&矢先神社・・福禄寿、橋場不動院・・布袋尊、石浜神社&鷲神社・・寿老人(福禄寿)、吉原神社・・弁財天です。

古今集から在原業平の歌。伊勢物語の東下りに載っている歌です。

      名にし負はば

    いざ言(こと)問はむ

      都鳥

    わが思ふ人は

    ありやなしやと

(意)「都」というその名を持つのに相応しければ、さあ尋ねよう。都鳥よ、私が恋しく思う人は都で無事でいるかどうかと。

詞書に『武蔵の国と下総国との中にあるすみだ河のほとりにいたりて、都のいと恋しうおぼえければ、しばし河のほとりにおりゐて、思ひやれば、かぎりなく遠くもきにけるかなと思ひわびてながめをるに、渡し守「はや舟にのれ、日くれぬ」といひければ、舟にのりてわたらむとするに、みな人ものわびしくて、京におもふ人なくしもあらず、さるをりに白き鳥の嘴(はし)と脚とあかき、河のほとりにあそびけり。京には見えぬ鳥なりければ、みな人見しらず。渡し守に「これはなに鳥ぞ」ととひければ、「これなむみやこどり」といひけるをききてよめる』とあります。この歌は現在の隅田川の言問橋のあたりで詠まれた歌のようです。言問橋は浅草寺から東へ200メートル程にある橋です。この歌は在原業平が都を離れて武蔵野国へ旅した原因と言われる不倫の恋人「二条后(藤原高子)」を偲んで詠った歌と言われています。二条后(にじょうのきさき)と在原業平の関係は伊勢物語の3・4段に載っていますので、興味のある方はお読みください。伊勢物語は二条后と在原業平の不倫の愛が核となっています。都鳥はユリカモメと言われています。

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2009年1月17日 (土)

隅田川の永代橋からの夜景

1月15日に隅田川に架かる永代橋から月島方面の夜景を撮りました。ここは日本ではなくニューヨークのようです。最初は永代公園から撮りました。日が落ちてから永代橋の橋の上に移動して撮りました。最後は永代橋から隅田川の遊歩道を歩いて清州橋まで行きました。この日は異常な寒さで風も強くこんな日に写真を撮る人などほとんどいませんでした。数人いたカメラをぶら下げた人達も居なくなりました。しかし寒かったです。完全武装でしたが手袋をしていても指の先が凍えてきそうでした。日が完全に落ちてから小型三脚を使いました。永代橋は大型車両も多く橋が揺れるので遅いシャッタースピードだとブレてしまいます。カメラはペンタックスK20Dとペンタックスレンズ18-55mm&55-300mmです。

永代橋の東詰に公衆トイレがあります。永代公園は永代橋の東詰から越中島近くまで隅田川の河原にあります。公園内の堤防外の小さな遊園地に夕方から路上生活者の人達が集まり始めます。寒風の中で彼等はテントを立てず寒さの中でジッと日の暮れるのを待っています。日が暮れて人出が減ると彼等はテントを建て始めます。彼等の持ち物を見てると毛布を2枚持っている人は良い方でした。トイレには水があるので彼等はこのような場所を探して夜に寝に来るのです。日中は何処で過ごしているのでしょう。寒いでしょうね!私なら遠の昔に凍え死んでいます。何とかならないのでしょうかね?弱者の切り捨てには異議がありますが、自分自身ではどうしたらいいのかが分かりません。

万葉集から中大兄皇子の大和三山の歌の反歌2首の2番目の歌。

      わたつみの

    豊旗雲(とよはたぐも)に

      入日(いりひ)さし

    今夜(こよひ)の月夜(つくよ)

    まさやかにこそ

(意)海の神がたなびかす、大きく美しい雲に、今まさに沈み行く日が射している。今夜の月はさやかに照るにちがいない。

この歌には『右の一首の歌は、今案ふるに反歌に似ず。ただ、旧本にこの歌を以ちて反歌に載す。故に今なほこの次に載す。また紀も曰はく「天豊財重日足姫天皇の先の四年乙巳に天皇を立てて皇太子となす」といへり』との但し書きがついています。中大兄皇子の大和三山の歌とは

香具山は 畝火を愛(を)しと 耳梨と 相あらそひき 

神代より 斯(か)くにあるらし 古昔(いにしへ)も 然(しか)にあれこそ

うつせみも 嬬(つま)を あらそふらしき

この歌は俗に、額田王(ぬかだのおおきみ)を挟んでの兄弟と言われている中大兄皇子と大海人皇子との三角関係の歌と言われていますが・・・?額田王は初め弟の大海人皇子の妻でとなり、十市皇女(とおちのひめみこ)を生みました。後に兄の天智天皇となった中大兄皇子の後宮に入った女性で代表的な万葉女流歌人の一人です。十市皇女は異腹の弟で壬申の乱で大活躍した高市皇子と壬申の乱後に恋愛関係にあったと言われています。今では考えられない事ですが、古代では同母の兄妹(姉弟)との結婚はタブーでしたが異母の場合の結婚や恋愛はタブーではありませんでした。中大兄皇子は同母妹の間人皇女(孝徳天皇の妻)と恋愛関係にあったためにタブーに触れて即位が遅れたとも言われています。十市皇女は壬申の乱で敗死した天智天皇の長男だった大友皇子(弘文天皇)の妻でした。複雑怪奇ですね!エジプトの王家と同じで近親結婚が普通だったのです。現在の日本の天皇の皇統は天智天皇(中大兄皇子)系です。天智天皇系は壬申の乱で一時途絶えましたが、奈良朝末期に天武天皇系がお互いに皇位をめぐって殺し合いで途絶えたため、天智天皇系の生き残りの白壁王が光仁天皇として即位し現在まで一応は続いています。光仁天皇の子供が桓武天皇で平城京(京都)を開きました。また武家の桓武平氏の基です。

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2009年1月16日 (金)

浅草の夜

12月21日に浅草で家族の食事会でした。浅草今半ですき焼きを食べましたが、懐石料理の最後にすき焼きだったのですが、懐石料理でお腹がいっぱいになってしまい、すき焼きの高級肉をやっとお腹に詰め込む事となりました。すき焼きだけ食べれば良かったと思いました。今半は数系統あり、それぞれが支店を持っています。おおもとは浅草今半で、そこから別れたようです。

神谷バーは電気(デンキ)ブランで有名です。電気ブランはブランデーをベイスにしたカクテルでジン、ワインキュラソー、薬草などがブレンドされているそうです。ブランデーのブランから名前が来ています。昔は電気ブランデーとも呼ばれていたようです。この飲み物が神谷バーに登場して100年以上経過しているそうです。戦前は浅草六区で活動写真を見て神谷バーで軽く一杯が庶民の最高の楽しみだったそうです。神谷バーの電気ブランは浅草を愛した多くの作家に愛され、小説にも沢山出てきます。電気ブランとアサヒ生ビールを交互に飲むのが通だそうですが、なかなかこんな飲み方は出来ません。アサヒビールの本社は神谷バーから歩いて2分程の何かを連想する面白いモニュメントが本社ビルの上にあります。この日は神谷バーの売店で電気ブランを1本買ってきました。現在はデンキブランはアルコール度数30度を、電気ブランは40度で区別していて、つめたく冷やしてストレートで飲みます。最近の神谷バーは大変混むようになってきています。やはり浅草名物として名前が売れているからでしょうか。夜に行くと多くの高齢の方が食事をしながら電気ブランを飲んでいます。夜は地元の方が多いようです。私は透明ビニールのカーテンのかかった居酒屋街でホッピーを飲みながら食事をしてから神谷バーへ繰り出します。

      一人にて

    酒をのみ居れる

      憐(あは)れなる

    となりの男に

    なにを思ふらん   萩原朔太郎(神谷バァにて)

この歌は萩原朔太郎が大正初期の20代のころ神谷バーで詠んだ歌です。

西松建設の周辺がきな臭くなりました。東京地検特捜部が動き出したそうで、元副社長ら四人が逮捕されました。はじめはタイの元政府首脳への賄賂から火がついたのですが、1億円を国内に持ち込み何処かへばら撒いた可能性が高いので地検特捜が動き出したようです。日本国内での賄賂の受取政治家の名前がチラホラ出始めました。いずれ地検特捜部から世論操作のために明確な名前がリークされマスコミが踊るでしょう。与野党とも有力幹部の名前が出ているので地検特捜部も政治力学を配慮しての捜査となるでしょう。小物がお金をばらまく場合は、自己保身のためにメモを必ず残すものです。このメモを地検特捜部が押さえたら面白いことになります。政界浄化のために頑張ってもらいたいですね。政治献金は合法非合法どの様な言い方をしても賄賂であることは間違いありません。海外で裏金を作って日本へ持ち込むのは昔からの手法です。外務省のODAなどは昔から温床とされ政治家の活躍の場でした。知らぬは国民ばかりなりですね!少数与党の政権ならば腐敗すれば政敵に滅ぼされますが、多数与党で長期に政権党であれば捜査権のある警察も検察も官僚組織ですから腐敗するのは自明です。だからこそ定期的に政権交代をしないといけないのです。この際、与野党の政治刷新のために東京地検特捜部には頑張ってもらいたいものです。

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2009年1月15日 (木)

上野東照宮ぼたん苑の冬牡丹3

1月6日の上野東照宮のぼたん苑の冬牡丹です。ここのぼたん苑の裏側は夜間にはテント村になります。昼間は綺麗に整理されているので分かりません。日中でも一部残っているテント村のブルーテントに住む住民と猫です。住民と猫が話合っているようでした。テント村には猫が沢山飼われています。みんな太っていて元気です。住民にとってネコちゃん達は心の支えになっているようです。カメラはソニーα900とソニー70-300mmG&ミノルタ100mmマクロ&ミノルタ100mmソフトです。

晩唐の詩人羅隠(らいん)の詩

 牡丹花

  似共東風別有因
  絳羅高捲不勝春
  若敎解語應傾國
  任是無情也動人
  芍藥與君爲近侍
  芙蓉何處避芳塵
  可憐韓令功成後
  辜負穠華過此身

(意)牡丹よ、春風と強い縁で結ばれているのか。紅の薄絹を巻き上げるように花を咲かせ、やるせない春の風情を漂わす。もしも言葉を話せることができたなら、きっと傾国の美女となるだろう。感情のない草花のままでも人々の心を揺り動かす。芍薬は汝のそばに仕えるるものでしかない。蓮の花などは汝の美しさを避けて姿を消してしまう。哀れな事にかの大手柄を挙げた韓公は、咲き誇る牡丹の美しさに目を向けず、つまらない人生を送ってしまった。

この詩で羅隠は牡丹の美しさの前では芍薬や蓮の花など足元にも及ばないと詠っています。この詩に詠われている韓とは誰でしょうか?中唐を代表する詩人のひとり韓愈(かん ゆ)のことかも知れません。韓愈は唐宋八大家の一人で政治家・高級官僚として皇帝憲宗の仏教保護政策に反対して直言し左遷されました。あるいは三国志の時代の劉邦も韓公と呼ばれていた時期があります。羅隠がこの詩を作った時は、韓と言えばみんなが想像できた人なのでしょう。

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2009年1月14日 (水)

川口市立グリーンセンターの春の始まり1

1月11日に埼玉県川口市にある川口市立グリーンセンターへ春を捜しに行って来ました。桜は10月桜で少し傷み始めていましたが綺麗でした。霜柱はシモバシラ(シソ科の多年草)の茎に出来た霜柱です。シモバシラの茎は冬になると導管の働きがとまり、水が送れなくなってしまいます。しかし根は極寒になるまで活動を続けるため、地面に水が噴き出し、それが凍って、氷柱ができます。非常に珍しい現象です。私もこれを見るのは2度目です。蝋梅は中国からの渡来種で梅とは全く違う植物です。元は漢方薬を油を採るために日本へ輸入されたようですが早春に咲く花で香りが良いので花を愛でる人達に愛されました。梅はまだ蕾の木も多くこれから満開まで楽しめます。マンサクは本当に咲き始めでした。カトレアは観賞用温室で咲いています。この観賞用温室のカトレアは通年展示されています。カメラはオリンパスE-3とズイコーレンズ14-54mm&50-200mm&50mmマクロ&x1.4テレコンとソフトフィールターです。E-3はE-1のように綺麗にブルーの色が出ませんが、それでもやはりオリンパス・ブルーは他社のデジカメより綺麗です。

万葉集から大弐紀卿(だいにきのまえつきみ)の歌。

      正月(むつき)立ち

    春の来らば

      かくしこそ

    梅を招きつつ

    楽しきを経(へ)め

(意)正月になり、新春を迎えたら、こうやって梅を見ながら楽しい一日を過ごしましょう。

この歌の詞書には万葉仮名ではなく漢文で「梅花歌卅二首并序 / 天平二年正月十三日 萃于帥老之宅 申宴會也 于時初春令月 氣淑風和梅披鏡前之粉 蘭薫珮後之香 加以 曙嶺移雲 松掛羅而傾盖 夕岫結霧鳥封□(穀の禾の部分が糸)而迷林 庭舞新蝶 空歸故鴈 於是盖天坐地 促膝飛觴 忘言一室之裏 開衿煙霞之外 淡然自放 快然自足 若非翰苑何以□(手偏+慮)情 詩紀落梅之篇古今夫何異矣 宜賦園梅聊成短詠」と書かれています。意味は「天平二年正月十三日に太宰府の帥(そち)・大伴旅人の邸宅で宴を催した。天気がよく、風も和らぎ、梅は白く色づき蘭が香っている。嶺には雲がかかり、松は霞がかかったように見え、山には霧がたちこめ、鳥は霧に迷っている。庭には蝶が舞い、空には雁が帰ってゆく。空を屋根にし、地を座敷にして膝を突き合わせ、酒を酌み交わす。楽しさに言葉も忘れ、着物をゆるめてくつろぎ、好きなように過ごす。梅を詠んで情のありさまを記そう」です。

この時、筑紫国には万葉の多くの歌詠み達が偶然にも筑紫国を任地として赴任していました。筑紫歌壇とも言われています。この太宰帥(だざいのそち)の大伴旅人の屋敷で行われた観梅の宴で詠まれた歌が万葉集に32首が載っています。この歌はその第1番目の歌です。大弐紀卿は従四位下太宰大弐として大宰府に赴任した紀男人です。太宰大弐(だざいのだいに)とは太宰帥(長官)に次ぐ次官で別の呼び方として太宰権帥とも呼ばれました。太宰府とは九州全域を統治する大和朝廷の出先機関で「遠の朝廷(みかど)」とも呼ばれていました。後の平安時代になると太宰帥はほとんどの場合に親王等が任ぜられましたが、遥任と言って実際は赴任しない名誉職となりました。したがって次官の大弐あるいは権帥が太宰府で実務を取り仕切る決まりでした。太宰帥として任地に赴任するのは中央政界で敗れて左遷された大和朝廷の高官でした。その代表例が菅原道真です。

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2009年1月13日 (火)

比叡山延暦寺2

11月17日の比叡山延暦寺です。今回の京都旅行の目的の一つは比叡山延暦寺でした。比叡山とは伝教大師・最澄が一乗止観院(現在の根本中堂)を建立して以来1,200年余にわたって日本仏教の核心を育んできた場所です。平安京の鬼門(北東)を守る鎮護国家の道場であった。天台密教の拠点として、平安時代以後、法然、親鸞、栄西、道元、日蓮など多くの高僧たちを輩出しました。最澄は第16次遣唐使の一員として唐に渡り1年間の短期留学をしました。この時一緒に行った僧侶は高野山を開いた空海でした。空海は自費で唐へ留学しましたが最澄は日本仏教の超エリートで国費留学僧でした。唐からの帰国後のこの二人の関係は微妙なところがありました。二人の関係は調べると面白いです。空海の弟子に最澄がなった時期もありました。最澄は勉強熱心で空海が唐から持ち帰った沢山の経典を最澄は借りまくっていました。ついに空海はお前さんにはもう貸さないと宣言しましたが最澄はそれにもめげませんでした。やがて最澄は弟子の泰範(たいはん)を空海の弟子として送り込み空海の教えを知ろうとしましたが、泰範は空海に心服してしまい最澄の帰って来いの命令にも返事をしませんでした。何度かの最澄からの手紙に対し空海が代筆されたとされる断わりの泰範の返事にさすがの最澄も頭に来たようです。これ以来二人は絶縁状態になったと言われています。

最澄の書いた「山家学生式」(さんげがくしょうしき)から。

 國寶何物寶道心也有道心人名為國寶
 故古人言径寸十枚非是國寶
 照于一隅此則國寶
 古哲又云能言不能行國之師也
 能行不能言國之用也
 能行能言國寶也

(意)

国宝とは何物ぞ 宝とは道心なり 道心有る人を名づけて国宝と為す 
故に古人云ふ 径寸十枚 是国宝に非ず
一隅を照らす 此すなはち国宝なりと
古哲又云ふ よく言ひてよく行はざるは国の師なり
よく行ひてよく言はざるは国の用なり
よく行ひてよく言ふは国の宝なりと

今の世界中の政治家や政治屋達にこの文章を読ましてあげたいですね!世界的に政治家の粒が小さくなっていると思います。日本だけではないのです。

萬晩報と言うインターネット新聞があります。先日報道された記事に歴史上最低のブッシュ大統領に関しての面白い記事があります。この意見に私は全面的に支持します。世界中を政治的・経済的大混乱に陥らせ、世界中の人々に不幸と貧困と殺し合いをもたらしてくれたキリスト教原理主義者です。後世の歴史に名を残すでしょう。

http://www.yorozubp.com/0901/090110.htm

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2009年1月12日 (月)

上野公園

12月20日の上野公園です。路上生活者達がボランティアの炊き出しに集まっています。カメラはペンタックスK20Dとシグマレンズ18-200mmです。

万葉集から山上憶良の歌。子等を思ふ歌一首 并せて序

釋迦如来金口(こむく)、正に説きたまへらく、等しく衆生を思ふこと、羅睺羅(らごら)の如しと。また説きたまへらく、愛は子に過ぐること無しと。至極の大聖すら、子を愛(うつく)しむ心有り。まして世間の蒼生(あをひとぐさ)、誰か子を愛(うつく)しまざらめや。

 瓜(うり)食(は)めば 子ども思ほゆ

  栗(くり)食めば まして偲(しぬ)はゆ

   何処(いづく)より 来(きた)りしものぞ

    眼交(まなかひ)に もとな懸りて

     安眠(やすい)し寝(な)さぬ

(意)瓜を食えば、子供にも食べさせてやりたいと子供のことが思われる。栗を食えば、まして偲ばれる。一体どこからやって来たものなのか。子供の面影が目の前にやたらとちらついて、夜もおちおち眠れない。

 銀(しろがね)も 金(くがね)も玉も 何せむに

    勝れる宝 子に及(し)かめやも

(意)銀も金も真珠も、何になろうかね。大切な宝と言ったら、子にまさるものなどありはしない。

この長歌と短歌は山上憶良が離れて暮らす子どもらを思い詠んだ有名な長歌と反歌です。この歌の前の詞書には『釈迦如来がその貴いお口で正に説かれたのには、「等しくあらゆる生き物をいつくしみ思うことは、わが子を思うのと同じである」また、「愛は子に対する愛に勝るものはない」ともおっしゃった。この上ない大聖人ですらわが子を愛する心がある。まして世の中の人々のなかに、誰が子を愛さない者があろうか』と書かれています。ここ上野公園で生活している人達にも家族があったでしょうに。親も子もあったのでしょう。確かに坂本政務官の発言の通り勤労意欲を無くしている人達もいると思います。しかし、だから切り捨てるとの考え方は如何なものだと思います。彼らには定額給付金は回って来ません。失業し住居をなくした人たちには住民票が無いので定額給付金は貰えないのです。専門家によると定額給付金は景気刺激とすればGNPの0.4パーセントを使ってGNPを0.2パーセント上げるのだそうです。都合-0.2パーセントなのだそうです。生活支援だとすれば住民票を無くしてしまっている路上生活者にも行き渡ようにしないといけません。つまり景気刺激にしても生活支援にしてもおかしなバラマキなのです。大多数の自民党の国会議員は内心では反対なのだそうですが選挙が近いので反対をすると、この愚策を言い出して麻生総理に強制した創価学会・公明党の選挙協力を貰えないので賛成するしかないのだそうです。ある自民党の大物国会議員が定額給付金は自民党・公明党連立のコストであると新聞記者に言ったそうです。政権政党を維持するためのコストに国家予算を使うのは明らかに憲法違反でしょうね。国民のための政策ではないことはこの発言で明らかです。自民党もおかしな政党ですが、創価学会とそれに付属する宗教政党の公明党もおかしな宗教団体と政党ですね!宗教法人法はザルだらけの法律です。私もむかし売りに出ていた宗教法人を購入しようと思ったことがあったので、じっくり読んだことがありました。憲法9条の見直しの前に宗教法人法の見直しをするべきですね!

ヨーロッパではキリスト教○○党と言う政党が多いですがキリスト教はどの宗派でも政治には原則不干渉です。日本もそうしなければ危険ですね!創価学会とは日蓮正宗の数ある講の一つです。しかも日蓮正宗から破門されています。御本尊はどうなっているのでしょうか?御本尊は心の中にあるとでも言うのでしょうか?私は神を信じないので良く分かりません。

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2009年1月11日 (日)

一碧湖の朝霧

12月30日の伊豆高原一碧湖の朝霧です。朝霧が湧いて珍しい幻想的な風景でした。なかなかこのような景色には出会えません。伊豆高原は暖かいと皆さん思われますが、暖かいのは海岸の周辺だけで伊豆高原の高いところは都心より寒いです。天城高原や富士山の方面から冷たい強風が吹いてくると体感温度は氷点下です。

古今集から源宗于(みなもとのむねゆき)の歌。百人一首にも選ばれています。

      山里は

    冬ぞさびしさ

      まさりける

    人めも草も

    かれぬと思へば

(意)山里は、冬にこそひときわ寂しさが増して感じられる。人の訪れも途絶え、草も枯れてしまうと思えば。

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2009年1月10日 (土)

上野東照宮ぼたん苑の冬牡丹2

1月6日の上野東照宮ぼたん苑の冬牡丹です。小ぶりですが花の傷みも少なく色も非常に綺麗でした。カメラはソニーα900とソニー70-300mmG&ミノルタ100mmマクロ&100mmソフトです。

牡丹は「富貴草」「富貴花」「百花王」「花王」「花神」「花中の王」「百花の王」「天香国色」 「深見草」「二十日草(廿日草)」「忘れ草」「鎧草」「ぼうたん」「ぼうたんぐさ」など多数の呼ばれ方があります。牡丹は唐時代に栽培と鑑賞が盛んとなり、清代以降1929年まで中国の「国花」でした。中華民国(台湾政府)は梅を国花としましたが、中華人民共和国は現在、牡丹・蓮・菊・梅・蘭から新しい国花を制定作業中と言われています。もともと薬用に栽培され、漢方で「牡丹皮」は、ボタンの根皮で、抗菌・消炎・鎮痛鎮静の作用があるとされています。

「牡丹」 と題する晩唐の詩人「皮日休」(ひじっきゅう)の詩

落尽残紅始吐芳 ざんこうをおちつくして はじめてほうをはく
佳名喚作百花王 かめいよびてなす ひゃっかのおう
競誇天下無双艶 きそいほこる てんかむそうのえん
独占人間第一香 ひとりしむ じんかんだいいちのこう

(意)花が散りつくしてからやっと咲き始める。その名は百花の王とよばれる。天下に並ぶことのないあでやかさを競い誇る。この世で一番の香を放っている。

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2009年1月 9日 (金)

伊豆シャボテン公園1

12月31日に伊豆高原の伊豆シャボテン公園へ行ってきました。園内は数か所を除きワンちゃん連れでもOKです。耳の大きなマリアンちゃんは臆病ですが好奇心旺盛ですぐにドウシタノドウシタノと背伸びをして覗き込みます。毛の長いルイ君はオットリとおすまし君です。人気者のカピバラの夫婦は子供を間に挟んで護るように寝ていました。

鎌倉幕府第3代将軍源実朝の家集「金槐和歌集」から。

      物いはぬ

    四方(よも)のけだもの

      すらだにも

    あはれなるかなや

    親の子を思ふ

(意)物言わない、どこにもいる動物たちでさえも、いとしいことよ、親が子を思うさまは。

この歌は実の兄だった2代将軍源頼家が北条氏によって修善寺に幽閉されて殺され、自分もいずれ兄のように殺されるだろうと予感がしていたのだと思います。普通であれば母親は子供を守るために命をも投げ出すのですが、母の北条政子は北条氏の安泰のために実の子供を殺す事に躊躇せずに手を貸す不条理を婉曲に詠っているように思えます。

さて、定額給付金の問題ですが昨日から国会で論議が始まりました。ニュースなどで200億円の母子加算を廃止しておいて、給付金を800億円の事務費をかけて配るのかとの意見が出てきています。母子加算とは「母子については、配偶者が欠けた状態にある者が児童を養育しなければならないことに対応して、通常以上の労作に伴う増加エネルギーの補填、社会的参加に伴う被服費、片親がいないことにより精神的負担をもつ児童の健全な育成を図るための費用などが余分に必要となる」との昭和55年12月中社審生活保護専門分科会中間的取りまとめにあるように、強化された特別加算制度で昭和24年よりこの加算制度が始まりました。現在の生活保護制度については私も少々疑問に思う事がありますが、単純にお金が無いから弱者を切り捨てるのはオカシイと思います。財源は間違いなくあります。ただ財源となるものが既存の与党政治家・官僚・企業などの複合利権構造により切り捨てる事が出来ないだけです。弱者は簡単に切り捨てる事が出来ますが、現実に権力を握った人達から利権を取り上げるのは非常に難しいのです。権力は選挙で選ばれた政権与党議員とその面倒を見ている官僚、そしてそこからおこぼれをもらう企業です。鳩山総務大臣が久しぶりにマトモな事をいいました。小泉政権が出来る前から急成長してて小泉政権時代に大きく伸びた現代の政商と言われているオリックス・グループ(最高経営責任者CEOは宮内義彦氏)への「かんぽの宿」の一括払い下げに文句を言ったのです。鳩山大臣は「(1)なぜオリックスなのか(2)なぜ一括譲渡なのか(3)なぜ不動産価格が急落しているこの時期なのか」の3点について日本郵政に問い合わせたが、納得のいく説明はなかったという。オカシナ話ですから当然ですが!まだ詳しい事は分かりませんが、政権交代前に美味しいところを食べたかったのかも知れませんね。どんなに美味しいかは今後のマスコミと国会の審議によらないと私には分かりません。

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2009年1月 8日 (木)

ベゴニアガーデン1

12月27日静岡県伊東市の天城高原にある天城東急リゾートのベゴニアガーデンへ行ってきました。ここは標高900~1,000メートルあり、ゴルフ場は夏涼しく春の桜の季節の4月末から5月初めは桜のトンネルのような最終ホールは特に素晴らしいです。冬は雪も良く降り一度降るとなかなか溶けません。ここのベゴニアガーデンは昔からあるのですが最近は花の数が減ってきていると思います。

万葉集から大友家持の歌。

      咲く花は

    移ろふ時あり

      あしひきの

    山菅(やますが)の根し

    長くはありけり

(意)美しく咲く花は必ず散る時が来るが、山に生える山菅の根は千切れる事無く長く生き続ける。

話が違いますが日比谷公園の年越し派遣村が5日で閉鎖されました。その後は日数の限りはありますが国と都が受け継ぐことになりました。NPOが走り、行政が後を追いかける構図ですね。それはそれでいいのだと思いますが、ヨーロッパなどでは国がNPOに目立たぬように補助金を出しNPOが自主的に先頭を切って動くのがほとんどだそうです。災害などにもこの方式でまず最初に救助活動をするそうです。その後で国が動くので効率が良いのだそうです。日本も真剣にこの方式を考えるべきでしょうね。根底に日本の官庁にはNPO=共産主義者との考えがあるようです。この考えは大きな間違いです。私が麻生総理なら今すぐに各省庁の事務次官と官房長を全員呼んで明確にセーフティーネットを民間と協力して作ることを指示しますね。官僚も何とかしてあげたいと思っているはずです。上からの明確な指示があれば官僚組織は動くと思います。大和総研の予想では今年の6月までに170万人が職を失う可能性があると言われています。そうなれば多くの国民のローン破綻は避けられず銀行もパンクするでしょう。いまの麻生には周りが見えなくてどうしたらいいのかが分からなくなっているのでしょうね。そもそも二兆円を無駄使いしようとする人には分からないでしょう。この定額給付金を考え出した弱者の味方と言っている宗教政党は何を考えているのでしょうかね?お金を貰えれば信者が感謝して、一生懸命選挙活動をしてくれると思っているのでしょうか?信者の人達もそんなに馬鹿ではないと思いますが。二兆円を人質にして国会の補正予算審議を遅らせて責任を野党に取らそうとするセコイ与党ですね。馬鹿ですね!そんなに国民は馬鹿ではないと思いますが!あるいは本当に国民は馬鹿なのでしょうか?国民は家族を守り、助けあって生き続けなければなりません。大伴家持が詠った山菅の根のように長く・・・!

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2009年1月 7日 (水)

上野東照宮ぼたん苑の冬牡丹1

1月6日に上野公園の中にある上野東照宮のぼたん苑へ行ってきました。冬牡丹は寒牡丹とも呼ばれ、春咲く牡丹と同じものです。冬牡丹は春牡丹と比べてかなり小ぶりです。冬牡丹は春咲くための花芽を摘んで秋に付いた花芽を冬に咲かせるそうです。しかし土の温度管理が難しく素人には冬に開花させることは至難の業だと言われています。カメラはソニーα900とVario-Sonnar24-70mm&ソニー70-300mmG&ミノルタ100mmマクロ&ミノルタ100mmソフトとケンコーソフトフィールターです。

  そのあたり  ほのとぬくしや  寒ぼたん   高浜虚子

  白牡丹と いふといへども 紅ほのか     高浜虚子

牡丹は日本へは奈良時代に薬用植物として中国から輸入されました。その後、観賞用として品種改良が続けられました。不思議な事に和歌の世界ではほとんど詠われていません。都内では冬牡丹が咲く牡丹園は上野東照宮だけです。ここの牡丹苑は昭和55年に日中友好の証しとして中国から贈られてきた牡丹を中心に植えられて有料で一般公開されています。冬牡丹は正月から2月中旬まで、春牡丹は4月中旬から公開されます。

上野公園のテントは日中はあまりありませんが、夕方からブルーシートのテント村のようになります。この不景気の寒い冬、どのように過ごすのでしょうね。日比谷公園の「年越し派遣村」は閉鎖され、国と都の施設に期限付きで移動しました。政府は何を考えているのでしょうね。2兆円の定額給付金は大間違いです。もっと他の有効的な使い方をすべきです。路上生活者には住民票がありません。つまり給付金の対象外なのです。つまり選挙権もない本当の弱者だと思います。選挙権が無いから政治屋達には眼中に入らないのでしょうか?創価学会と公明党に押し切られて、麻生総理はあまり考えないで始めてしまったのでしょうね。ここには弱者の味方と言っていた政党の面影すら見る事が出来ません。愚かですね。1日も早く政権交代をさせないと日本は沈んでしまいます。大和総研の予測によると日本で今年6月までに170万人が職を失う恐れがあるそうです。年末から正月にかけて職を失った人は多分1万人程です。それでこの騒ぎです。170万人が失職したらこんな騒ぎでは済みません。麻生のアホは2次補正が通れば丸く収まると本気で思っているようです。どうしようもない大馬鹿者です。一昨日、TVのニュースで公明党の国会議員団に国会前でデモをしていた派遣労働者たちが詰め寄り小競り合い寸前になる画像が映し出されていました。職を失った派遣労働者達が、公明党の議員たちに向かって、こんなにしたのはお前らだろうと詰め寄ろうとしていました。彼等は敏感に何かを感じ取っているのですね。

憲法二五条第一項には国民の生存権が明記されています。第二項は国の義務が書かれています。生存権とは人間が人たるに値する生活に必要な一定の待遇を要求する権利です。もっと詳しく言うと「人が現状から最低限度を下回るような立法がなされた場合には当該の人は生存権の自由権的側面を侵害されたとしてその立法の合憲性を争うことができる。また、請求権的側面からすれば、自らの現状が最低限度の生活を下回る、として国に対してその原因の立法を違憲を理由として改廃するよう求めることができる」との学説です。最高裁は憲法に基づいて裁判上の救済を求める具体的な権利は国民にはないとする判例を出しています。つまり簡単に言うと裁判所は関わりを待たないと言うことです。しかし憲法に明記されているのは事実です。国には努力する義務があるはずです。

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2009年1月 6日 (火)

爪木崎の野水仙

12月29日の伊豆下田の野水仙で有名な爪木崎です。爪木崎は下田の須崎御用邸の前を通って行きます。今年は皇室の人の下田滞在は無かったようです。どなたかが滞在していると警備が非常に厳しくなっています。爪木崎は須崎半島の先端です。爪木崎の先端には爪木崎灯台があります。灯台への遊歩道の途中から俵磯(たわらいそ)と呼ばれる柱状節理の断崖を見る事が出来ます。500万年前のマグマが噴出して出来た柱状節理で安山岩が角柱が俵のように突き出しています。赤い奇妙な花はアロエの花です。ルイ君もマリアンちゃんもよく歩きました。

お題「朝」としての爪木崎を詠った昭和天皇と皇后の歌。

  岡こえて 利島はるかに 見揺るかな

    波風もなき 朝の海原   昭和天皇

  くれないの よこぐものへに 光さし

    つかのまにして 伊豆の朝明く   皇后

伊豆半島からは伊豆七島(大島・利島・新島・神津島・三宅島・御蔵島・八丈島)のうち八丈島を除いた6島を見る事が出来ます。伊豆七島には不思議な事に式根島は入っていないのです。他に青ヶ島も入っていません。どうしてなのかはいまだにはっきりとした説がありません。八丈島は水平線の彼方にあるので見る事は出来ません。伊豆七島を含め伊豆諸島は116の島々から成るそうです。その中で7つの島を伊豆七島と呼びます。伊豆半島は静岡県ですが伊豆諸島は現在は東京都です。過去に2年間ほど静岡県だったことがあるそうです。伊豆諸島の先(南)にある諸島は小笠原諸島です。

小笠原諸島は明治9年(1876)に国際的に日本の領地として認められました。小笠原諸島は16世紀にスペイン人が発見したとも言われています。その後17世紀に江戸幕府が調査船を派遣し「此島大日本之内也」との碑を建てたことが記録されています。1827年イギリスが領有を宣言しました。その後イギリス人、アメリカ人とハワイ王国(当時はハワイ王国は独立国でしたが後にアメリカに侵略されアメリカに併合されてしまいました)の国民が入植しました。その後アメリカ太平洋艦隊の総司令官ペリー提督がハワイ王国の移民を首長として指名しました。1861年江戸幕府はアメリカから帰国したばかりの咸臨丸に八丈島の島民を乗せて小笠原へ入植させ、江戸幕府は小笠原諸島の領有を宣言しました。1876年(明治9年)正式に日本の領有が国際的に認められ、それまでの島民たちは全員日本に帰化しました。以上のように領有の問題には色々な歴史と国際的な力関係が関係します。日本には現在ロシアとの間で北方4島、韓国との間で竹島、中国との間で尖閣諸島の大きな3つの領有問題があります。どれも日本固有の領土ですが現在は不法に占拠占有されています。排他的経済水域の問題もあり、いままで政府は触らないように国民から話を遠ざける方針を採って来ましたが、資源等が少ない日本にとってはこれから非常に重要な問題となると思います。これらは一歩間違えると戦争になる話ですが、いずれは避けて通れなくなるはずです。

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2009年1月 5日 (月)

新宿御苑の晩秋2

12月18日の新宿御苑です。新宿御苑のネコちゃん達はみんな元気でノビノビしています。体調が悪いネコなどは皆さんが獣医さんのところへ連れて行ってくれるそうです。ここのネコはみんな原則ノラネコです。冬桜は10月桜です。アヤメが狂い咲きをしていました。カメラはソニーα900とVario-Sonnar24-70mm&ソニー70-300mmGです。

万葉集から大伴家持の歌。

      あらたまの

    年行き返り

      春立たば

    まづ我やどに

    うぐひすは鳴け

意)年が改まって立春になったらまず最初に私の家の庭で鴬よ鳴いてくれ!

この歌は天平宝字1年(西暦757年)12月18日、大監物三形王の邸宅で宴(うたげ)をしたときに詠まれた歌3首のうちのひとつです。翌日12月19日は立春でした。中国の春秋時代にはすでに確立されていたと言われている暦があります。それは1太陽年を二十四等分にして、農業や日常生活に即した暦法が考案され、これを二十四節気(にじゅうしせっき)と言います。この暦を中国から日本へもたらしたのは遣唐使として唐に渡った吉備真備で、天平七年(735)のことだったと「続日本紀」に書かれています。二十四節気は、節分を基準に1年を24等分して約15日ごとに分けた季節のことで、1ヶ月の前半を「節」、後半を「中」と言います。その区分点となる日に季節を表すのにふさわしい春・夏・秋・冬などの名称を付けました。そのうちの立春・立夏・立秋・立冬は四季の分かれ目として特に注目されました。節月による季節意識です。太陰暦は月の満ち欠けで計算するため太陽の動きとはかけ離れる場合が多いのですが農業などの目安として太陽の動きから考えられた大きくズレる事のない二十四節気を使うと非常に便利でした。しかしこの暦は2千数百年前の中国黄河流域の気候から考えられたものなので現代とは気候も違っています。そして日本との気候の違いもありますが農業の目安としては十分に機能したのだと思います。

二十四節気とは

: 立春、雨水、啓蟄、春分、清明、穀雨

: 立夏、小満、芒種、夏至、小暑、大暑

: 立秋、処暑、白露、秋分、寒露、霜降

: 立冬、小雪、大雪、冬至、小寒、大寒

二十四節気とは意外と我々の生活と密着していることが多いのです。例えば暑い盛りの挨拶「暑中見舞」を立秋以後は「残暑見舞」に変えることなどや、立春の時には「暦の上では春ですが、まだ風も冷たく」などの時候の挨拶等もその例です。また二十四節気とは別に雑節(ざっせつ)と呼ばれるものもあります。節分・彼岸・社日・土用・八十八夜・入梅・半夏生・二百十日・二百二十日などは雑節です。他にも人日・上巳・端午・七夕・重陽など五節句と呼ばれるものもあります。

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2009年1月 4日 (日)

宇都宮中央公園

11月30日の宇都宮市の宇都宮中央公園です。この日は風が途中から強くなりました。カメラはソニーα900とVario-Sonnar24-70mm&トキナー80-200mmF2.8です。

宇都宮城の城主だった宇都宮景綱の家集「沙弥蓮愉集」から。

      秋の色も

    まだふかから

           もみぢ葉の

    うすくれなゐに

    ふる時雨かな

(意)秋めいた色もまだ深くない紅葉の薄紅色のモミジ。そこに降り注いで色を添えようと時雨が降る。

詞書に「宇都宮社の九月九日まつりの時よみ侍る」とあります。宇都宮社とは宇都宮二荒山(ふたあらやま)神社で、下野国一宮です。現在も菊の季節に「菊水祭」と呼ばれる祭が行われ、神輿行列や流鏑馬が奉納されるそうです。宇都宮景綱は宇都宮氏の7代当主でした。宇都宮歌壇の中心で鎌倉幕府の有力御家人の一人でした。鎌倉幕府六代将軍宗尊親王の側近の一人でした。宇都宮氏は代々下野国国司を務めていました。宇都宮氏には紀清両党と呼ばれる武士集団が影のようにつき従っていました。紀とは紀氏の血筋の益子氏、清は清原氏の血筋の芳賀氏で宇都宮氏を支える勇猛な武士集団として太平記などにも出てきます。楠正成も避けて通ったと言われたほどの武士集団です。なお、日光にも二荒山(ふたらさん)神社がありますが祭神が異なり別の神社とも言われています。日光の二荒山神社の祭神は出雲系の神様です。一方、宇都宮の二荒山神社は毛野国(後に上野国と下野国に分けられました)の開祖とも言われている豊城入彦命を祭っています。しかし日光も宇都宮も両方とも国造家であった下毛野氏が神主家でした。宇都宮は当初は下毛野氏が神主でしたが、藤原北家から出た宇都宮氏が土着して下毛野氏と婚姻関係により神主となったようです。何か歴史から葬り去られた複雑な事情がありそうですね。神話の世界の神武天皇や継体天皇が奈良に入る時の話に似ているのかもしれません。神武天皇と継体天皇の話はいずれブログに書きたいと思っています。

宇都宮氏は原則的に南朝側に立っていましたが10代宇都宮氏綱から北朝側に立ち足利尊氏につき室町幕府の有力者大名となりました。その後宇都宮氏は戦国大名として小田原の後北条氏などと戦い、南進のため現栃木市に本拠のあった戦国大名の皆川氏と戦い続けました。その後、小田原落城に伴い18万石を豊臣秀吉に所領を安堵され、朝鮮出兵にも参陣しましたが、秀吉により突然改易とされました。

5代宇都宮頼綱は出家して実信房蓮生と名乗り京都嵯峨野の小倉山の庵に住み友人の藤原定家に襖色紙に古今の百首の和歌を依頼しました。これが小倉百人一首の始まりです。宇都宮頼綱(実信房蓮生)がいなければ藤原定家の小倉百人一首は生まれなかったのです。

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2009年1月 3日 (土)

世界貿易センター展望台

12月18日の浜松町の世界貿易センター展望台シーサイド・トップです。高さは152メートル、一周200メートル視界360度です。ここからの東京タワーは綺麗です。カメラはソニーα900とVario-Sonnar24-70mm&ソニー70-300mmです。三脚を使っていないのでかなり無理があります。最大ISOは4000でした。フルサイズとはいっても、割合ノイズが多いので現像ソフトでノイズを落としても限界があります。ゴミが写りこんでいます。このゴミの問題は何とかならないのでしょうかね!オリンパスやペンタックスはほとんどゴミの心配はありません。富士山が日没直後から見えてきました。

藤原敏行の歌を後撰集から。

      ふる雪の

    みのしろ衣

      うちきつつ

    春きにけりと

    おどろかれぬる

(意)降る雪のように真っ白い蓑代衣を着ておりますと、暖かいので、私のもとにも春が来たのだなあと気づきました。

この歌は後撰集の春歌上の巻頭の歌です。つまり後撰集の最初の歌です。

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2009年1月 2日 (金)

比叡山延暦寺1

11月17日の比叡山延暦寺です。昨年11月の京都旅行の目的の一つは比叡山延暦寺へ行く事でした。私は無信教徒ですので宗教のために行きたかったのではありません。歴史を見るために行きたかったのです。比叡山は最澄が還学生(短期海外研修生)として遣唐使船に乗って国費留学僧として唐に渡り中国仏教の天台教学・戒律・密教・禅を日本に伝えました。この中国から持ち帰った4つの思想を四宗相承と呼びます。この事より比叡山延暦寺は日本仏教の総合大学化し比叡山から沢山の新宗派が生まれました。この比叡山からのちに日本仏教をささえた円珍(えんちん)、円仁(えんにん)、慈円(じえん)、源信(げんしん)、法然(ほうねん)、親鷲(しんらん)、一遍(いっぺん)、道元(どうげん)、日蓮(にちれん)などの高僧を輩出しています。私は第3代天台座主の慈覚大師(じかくだいし)円仁の事を調べたいと思っています。アメリカ大使だった故ライシャワー博士は円仁研究の世界的な第一人者でした。

新古今集から最澄の歌。

      阿耨多羅(あのくたら)

    三みやく三菩提(さんぼだい)の

      仏たち

    我が立つ杣(そま)に

    冥加(みやうが)あらせたまへ

(意)最上の悟りを得られた仏たちよ、根本中堂建立のために、我らの立つ比叡山にご加護を与えて下さい。

この歌は延暦寺の根本中堂の建立(788)の時に詠われた歌です。「阿耨多羅三みやく三菩提」とは仏の悟りの事です。「我らの立つ」とは根本中堂を建てたことです。「杣」とは木材を採るために木を植えた山ですこの場合は比叡山です。「冥加」とは仏の加護のことです。

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2009年1月 1日 (木)

新宿御苑の晩秋1

あけましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いいたします。

新暦2009年1月1日は旧暦では2008年12月6日となります。旧暦の2009年1月1日は新暦2009年1月26日です。

今年は世界大不況に入る年でしょう。数年は不況の原因を探る年となると思います。それがある程度解明されてからの景気回復となるので、回復までかなりの時間がかかるでしょう。世界中がアメリカに騙されたのですから、浮き沈みはあるでしょうが最短で10年はかかると思います。意外とアメリカは自分達の不良債権を世界中に配ってしまったので、アメリカ自体の回復は早いかもしれません。日本は政策無策で麻生総理が1ヶ月居座れば景気の回復は1年遅れると思います。したがって他国と比べかなり遅れると思います。そもそも今回の大不況はブッシュ政権の8年間に問題の大半があります。8年前民主党のゴアが大統領になっていればここまで酷い事にはならなかったと思います。ゴアが大統領だったら、あるいは適正に選挙の開票が行われていればsign02新年早々景気が悪い話ですね!しかし、事実だから仕方がありません。今まで何度も私のブログで書いていますが、現在の世界情勢と日本の情勢とは昭和大恐慌のときと非常に似ています。第二次世界大戦の前の状況と似ているのです。今年は年金の問題が再び出てくるでしょう。国民が今までに積み立ててきた年金のお金の行方がある程度は解明されるかもしれません。ほとんど残っていない可能性もあると思います。それには政権交代が絶対不可欠でしょうね。倒産したリーマンと過去の日本政府との関係もある程度出てくるでしょう。年金など国家による大詐欺事件が解明されるのは数年以上かあるいは永遠に闇の中かもしれません。ツケは国民に回ってくるのです。

12月18日の新宿御苑です。純白の水仙のペーパーホワイトが咲き出していました。モミジの紅葉は盛りを過ぎていましたが、かなり数を減らしていました。しかしまだまだ綺麗に紅葉していました。モミジ山の中に鎮座しているモミジバスズカケノキの周りに赤く紅葉をしたモミジの葉がかかり綺麗でした。この木は今頃になると目立つようになりますね。白灰褐色の樹皮が輝いて見えます。

新古今集から九条(藤原)良経の歌。

      みよしのは

    山もかすみて

      白雪の

    ふりにし里に

    春は来にけり

(意)吉野は山も霞むようになり、少し前まで白雪の降っていた里に、いま春はやって来たのだ。

この歌は新古今集の春歌上の巻頭の歌です。春歌は新古今集の最初の巻ですので新古今集の第一首となります。九条良経は摂政太政大臣で新古今集の編纂に強くかかわっていました。新古今集の仮名序は九条良経が書いたと言われています。

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