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2008年11月28日 (金)

京都大原 寂光院の紅葉

11月17日に大原の三千院の次に寂光院へ回りました。大原の寂光院の草創期は、はっきりとは分かっていません。聖徳太子が父の用明天皇の菩提を弔うために建立したと言われています。その後、聖徳太子の御乳人だった玉照姫が初代の庵主となり尼寺として現在に至ったようです。二代目は阿波内侍(藤原信西の息女)だったと言われ、三代目が建礼門院徳子(平清盛の息女、高倉天皇の皇后、安徳天皇の国母)で、彼女は壇ノ浦の戦いで入水しましたが助け出され、大原の寂光院において終世平家一門と安徳天皇の菩提を弔いました。二代目の阿波内侍は崇徳天皇の寵愛をうけた女官で、建礼門院に仕えていた時期があったようです。建礼門院が大原の寂光院に籠ったのは、むかし建礼門院に仕えていた建礼門院右京大夫が助言したようです。建礼門院右京大夫は建礼門院徳子の甥である平資盛の恋人でした。

建礼門院右京大夫の歌を家集の「建礼門院右京大夫集」から。

      月をこそ

    ながめなれしか

      星の夜の

    深きあはれを

    今宵知りぬる

(意)月を眺めながら物思いに耽ることは、これまでもよくしてきたが、このような星空の夜の深い情趣は、今夜初めて知った。

この歌の詞書に「十二月一日頃だったろうか、夜になって、雨とも雪ともなく、ぱらぱらと落ちて来て、叢雲があわただしく往き来し、すっかり雲に覆われはしないものの、ところどころ星が消えたり光ったりしている。私は衣(きぬ)を引き被って横になっていたが、夜が更けた時分、丑二つ(午前二時半)頃かと思った時、衣をどかして空を見上げると、みごとに晴れて、薄藍色の夜空に、異様なほどの光を放つ大きい星々が、いちめんに現れていた。非常に心惹かれるさまで、縹(はなだ)色の紙に、金などの箔を散らしたのによく似ている。今夜初めて見たような気がする。今までも、星月夜は見慣れてきたけれども、これは折も折とて、格別な気持がするにつけ、ただ物思いに耽るばかりである」とあります。この歌は日本の和歌史上で非常に珍しく星空を詠った歌として有名です。この歌は比叡山で亡き恋人の平資盛の法要を行う前日か当日に坂本に泊まった時に詠われました。建礼門院右京大夫は比叡山での法要の前に大原の里の寂光院にいた建礼門院徳子を訪ねています。二人は平家所縁(ゆかり)の女性として平家の全盛期の時代の思い出を語り合って涙を流したそうです。比叡山と大原の里は地理的には隣り合っています。この歌が歌われたのは何時なのかが文学史上で論争がありました。文治元年十二月一日か、文治二年十二月一日か?平家物語に後白河法皇が文治二年四月に大原の里に建礼門院徳子を訪ねた時の話が載っています。それによると後白河法皇は徳子に誰か他に訪ねて来た人はいるのかと質問をしましたが徳子は「どこからも誰も訪ねてはきていない」と答えています。これにより建礼門院右京大夫のこの歌は文治二年十二月説が有力になりました。太陰太陽暦の月始めの一日は月が無く満天の星空だったと思われます。木星、土星、そしておとめ座のスピカ、しし座のレグルス、うしかい座のアルクトウルスそしてオリオン座を中心とする冬の星座達が光輝いていたのだと思います。オリオン座をかこむ星はオリオン座のリゲル、おおいぬ座のシリウス、こいぬ座のプロキオン、ふたご座のポルックス、ぎょしゃ座のカペラ、おうし座のアルデバランと結んでみると、それぞれ赤や黄や青白い光の星でダイヤモンドを夜空に撒いたように見えます。また、オリオン座のベテルギウスとおおいぬ座シリウス、こいぬ座のプロキオンを結ぶと大きな「冬の大三角」ができます。さらに、オリオン座の3つの星を結ぶ直線をななめ右上へとのばすと、おうし座の明るい赤い星アルデバランが輝いています。さらに、もう少し上へとのばすと清少納言が「枕草子」の236段で「星はすばる。ひこぼし。ゆふづつ。よばひ星、すこしをかし。尾だになからましかば、まいて。」(星はすばる、ひこぼし、宵の明星が良い、流れ星も少し趣がある。尾を引かなければもっとよいのだけれど)と書いたプレアデス星団(すばる)があります。このすばる(昴)は大きな恒星の集まった星団です。肉眼で星団の中でどれだけの星を見ることができるか試してみてください。通常月のない夜は5~7個の星を見る事が出来るはずです。双眼鏡で見ると沢山の星がかたまってその周りにガス状なものが見えます。確かに清少納言が述べたように素晴らしく美しい星団です。「すばる」はれっきとした大和言葉です。「統(す)ばる」から来た言葉で集まって一つになるとの意味です。まさに琵琶湖の上に冬の星々が降るように見えたことでしょうね。

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コメント

こんばんは
 寂光院の紅葉も素晴らしいですね!!
 杉苔の上にはらはらと散った紅葉の葉の
画像もいいな~!!
 ワンちゃんもなにか風格が漂っていますね。
 歴史ある寺院ですね。
 近くにいながらまだ行っていないので、
是非行ってみたいです。
 雑誌にも載っていたので、行きたかった
のですが、時間が取れませんでした。

投稿: ささゆり | 2008年11月28日 (金) 22時32分

シゲさん、おばんなんやした。
「統(す)ばる」から「すばる」だったんですか。
感服の至りです。
どのような勉強をすればシゲさんのようになれるんでしょうか。
恐縮ですが、御教示ください。

投稿: まさとチャン | 2008年11月28日 (金) 23時01分

ささゆりさん、こんばんは。
大原の紅葉は素晴らしいです!今年は時間が取れなくて三千院と寂光院しか回れませんでしたが、ゆっくりと大原の里を歩くと良いと思います。

投稿: シゲ | 2008年11月28日 (金) 23時41分

まさとさん、こんばんは。
難しい質問ですね!ただ何となくでしょうね。昔の記憶でしょうかね。

投稿: シゲ | 2008年11月28日 (金) 23時43分

今年は 桜と銀杏の紅葉しか
目にする事はなかった
こうして 鮮やかな写真を見てると
日本ていいな…なんて ふと思ったりします

生活するには…住みにくい国に思えるけど
今年も あと一月ですね
これからも 季節の移り変わりを
シゲさんの写真で 感じさせて頂きます^^)

追伸
義弟のところのパピオンが天国へ行きました
安らかに 旅立ったと義母から聴きました
ポンタは 賢くて 可愛いワン子でした

投稿: アッキ− | 2008年11月29日 (土) 03時03分

アッキーさん、こんにちは。
日本の紅葉は素晴らしいと思います。今年の12月は大変の事が始まる月でしょうね。これからしばらく続きますね!
ポンタ君は残念でしたね。パピオンは陽気で元気な犬種です。御家族の中心だったのでしょうね!

投稿: シゲ | 2008年11月29日 (土) 16時05分

数年前、寂光院を尋ねました。火事の跡でミニチュアの本堂だけでした。何か間が抜けてましたね。
大原の里は好きです。何かわたしの住んでるところのような雰囲気。

投稿: ヒキノムラビト | 2008年12月 2日 (火) 15時02分

ヒキノムラビトさん、こんにちは。
大原の里はシーズン中は滅茶混みです。比企地方の方が静かかもしれませんね。

投稿: シゲ | 2008年12月 2日 (火) 15時38分

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大原・寂光院   11月19日(水) ときどき HP  「寂光院」 三千院から勝林院をまわり、急な階段を下りて行くとのどかな田園風景が広がり、寂光院に向かう道が好きです。 何があると言う訳ではないですが何とも“何もない有り難さ”がそこにあるからです。 このあたりの道は学生時代から好きで、春に散策するとうっすら汗をかきながら半袖のTシャツ一枚で歩くのがまたいいんですよ〜 懐かしい匂いも感じられますし いつも気になっているこの銀杏の木。電線が写り... [続きを読む]

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