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2008年11月

2008年11月30日 (日)

平林寺の紅葉1

11月26日に埼玉県新座市の平林寺へ行ってきました。今年の平林寺は例年より紅葉の出来は良くないように感じました。全体的に枯れた葉や木が目立ちました。境内の奥の方へは行きませんでした。遠くから奥の方を見るとまだ緑色の葉が多かったです。カメラはソニーα900と24-70mmとトキナー80-200mmF2.8です。平日でしたが凄い人出でした。とにかく観光バスが何台も駐車場に入ってきていました。以前は静かで平和なお寺さんでしたが・・・・!

古今集から壬生忠岑の歌。

      秋の夜の

    露をばつゆと

      おきながら

    雁のなみだや

    野べをそむらむ

(意)鮮やかに色づいた野辺の草木を見れば、秋の夜の露のおかげだけで、これ程紅くなったとは見えない。とすれば、空を渡る雁の涙が落ちて、紅く染めるのであろうか。

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2008年11月29日 (土)

京都 大原三千院の紅葉2

11月17日の京都大原三千院です。霧が出てきて何とも風情のある紅葉となりました。カメラはペンタックスK20Dとペンタックスレンズ18-55mm&55-300mmです。

建礼門院右京大夫の歌を「建礼門院右京大夫集」から。

      今や夢

    昔や夢と

      まよはれて

    いかに思へど

    うつつとぞなき

(意)いまが夢なのでしょうか、昔が夢なのでしょうか。心は迷い、どう思っても、現実という気がしません。

詞書に『秋も深まった山おろしの吹きすさぶ音が、近くの梢に響き合って、懸樋の水の流れてくる音、鹿の声、虫の音なども混ざり合う。どこにでもあるような山里の風情なのだけれど、今の私には例のない悲しさに感じられる。都では花やかな模様の着物を着重ねてお仕えしていた女房たちが六十人余りもいたけれども、ここ大原の庵には、目にもつかないほど地味な、衰え果てた尼の姿になって、わずかに三、四人がお仕えするばかりである。その人々とも、「それにしてもまあ」とだけ、私も相手も言い出したものの、むせぶ涙に溺れて、最後まで言葉を続けることもできずに』とあります。

この歌は建礼門院右京大夫の旧主であった建礼門院徳子を平家滅亡後初めて大原の寂光院に訪ねた時の歌です。建礼門院右京大夫は恋人であった徳子の甥の平資盛を平家の最後の戦いだった壇ノ浦で亡くしています。このあと建礼門院右京大夫は恋人の法要を比叡山で執り行うために坂本へ向かいました。二人は平家全盛時代に主従関係でともに宮廷にいました。徳子は高倉天皇の中宮として、右京大夫は徳子に仕える女官でした。徳子にとっては可愛がっていた甥の恋人で終世菩提を弔うことを決心したむかし仕えていてくれた女性と久しぶりに逢ったのです。思い出を語り合っても涙しか出てこなかったかも知れません。源平の戦いの中で悲しい平家の女性達の話です。

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2008年11月28日 (金)

京都大原 寂光院の紅葉

11月17日に大原の三千院の次に寂光院へ回りました。大原の寂光院の草創期は、はっきりとは分かっていません。聖徳太子が父の用明天皇の菩提を弔うために建立したと言われています。その後、聖徳太子の御乳人だった玉照姫が初代の庵主となり尼寺として現在に至ったようです。二代目は阿波内侍(藤原信西の息女)だったと言われ、三代目が建礼門院徳子(平清盛の息女、高倉天皇の皇后、安徳天皇の国母)で、彼女は壇ノ浦の戦いで入水しましたが助け出され、大原の寂光院において終世平家一門と安徳天皇の菩提を弔いました。二代目の阿波内侍は崇徳天皇の寵愛をうけた女官で、建礼門院に仕えていた時期があったようです。建礼門院が大原の寂光院に籠ったのは、むかし建礼門院に仕えていた建礼門院右京大夫が助言したようです。建礼門院右京大夫は建礼門院徳子の甥である平資盛の恋人でした。

建礼門院右京大夫の歌を家集の「建礼門院右京大夫集」から。

      月をこそ

    ながめなれしか

      星の夜の

    深きあはれを

    今宵知りぬる

(意)月を眺めながら物思いに耽ることは、これまでもよくしてきたが、このような星空の夜の深い情趣は、今夜初めて知った。

この歌の詞書に「十二月一日頃だったろうか、夜になって、雨とも雪ともなく、ぱらぱらと落ちて来て、叢雲があわただしく往き来し、すっかり雲に覆われはしないものの、ところどころ星が消えたり光ったりしている。私は衣(きぬ)を引き被って横になっていたが、夜が更けた時分、丑二つ(午前二時半)頃かと思った時、衣をどかして空を見上げると、みごとに晴れて、薄藍色の夜空に、異様なほどの光を放つ大きい星々が、いちめんに現れていた。非常に心惹かれるさまで、縹(はなだ)色の紙に、金などの箔を散らしたのによく似ている。今夜初めて見たような気がする。今までも、星月夜は見慣れてきたけれども、これは折も折とて、格別な気持がするにつけ、ただ物思いに耽るばかりである」とあります。この歌は日本の和歌史上で非常に珍しく星空を詠った歌として有名です。この歌は比叡山で亡き恋人の平資盛の法要を行う前日か当日に坂本に泊まった時に詠われました。建礼門院右京大夫は比叡山での法要の前に大原の里の寂光院にいた建礼門院徳子を訪ねています。二人は平家所縁(ゆかり)の女性として平家の全盛期の時代の思い出を語り合って涙を流したそうです。比叡山と大原の里は地理的には隣り合っています。この歌が歌われたのは何時なのかが文学史上で論争がありました。文治元年十二月一日か、文治二年十二月一日か?平家物語に後白河法皇が文治二年四月に大原の里に建礼門院徳子を訪ねた時の話が載っています。それによると後白河法皇は徳子に誰か他に訪ねて来た人はいるのかと質問をしましたが徳子は「どこからも誰も訪ねてはきていない」と答えています。これにより建礼門院右京大夫のこの歌は文治二年十二月説が有力になりました。太陰太陽暦の月始めの一日は月が無く満天の星空だったと思われます。木星、土星、そしておとめ座のスピカ、しし座のレグルス、うしかい座のアルクトウルスそしてオリオン座を中心とする冬の星座達が光輝いていたのだと思います。オリオン座をかこむ星はオリオン座のリゲル、おおいぬ座のシリウス、こいぬ座のプロキオン、ふたご座のポルックス、ぎょしゃ座のカペラ、おうし座のアルデバランと結んでみると、それぞれ赤や黄や青白い光の星でダイヤモンドを夜空に撒いたように見えます。また、オリオン座のベテルギウスとおおいぬ座シリウス、こいぬ座のプロキオンを結ぶと大きな「冬の大三角」ができます。さらに、オリオン座の3つの星を結ぶ直線をななめ右上へとのばすと、おうし座の明るい赤い星アルデバランが輝いています。さらに、もう少し上へとのばすと清少納言が「枕草子」の236段で「星はすばる。ひこぼし。ゆふづつ。よばひ星、すこしをかし。尾だになからましかば、まいて。」(星はすばる、ひこぼし、宵の明星が良い、流れ星も少し趣がある。尾を引かなければもっとよいのだけれど)と書いたプレアデス星団(すばる)があります。このすばる(昴)は大きな恒星の集まった星団です。肉眼で星団の中でどれだけの星を見ることができるか試してみてください。通常月のない夜は5~7個の星を見る事が出来るはずです。双眼鏡で見ると沢山の星がかたまってその周りにガス状なものが見えます。確かに清少納言が述べたように素晴らしく美しい星団です。「すばる」はれっきとした大和言葉です。「統(す)ばる」から来た言葉で集まって一つになるとの意味です。まさに琵琶湖の上に冬の星々が降るように見えたことでしょうね。

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2008年11月27日 (木)

近江 湖東三山の金剛輪寺の紅葉2

11月16日の滋賀県の湖東三山の金剛輪寺の紅葉です。最後の方でやっと雨があがって来ました。カメラはペンタックスK20Dとペンタックスレンズ18-55mm&55-300mmです。

順徳院の歌を「順徳院御百首」から。

      風になびく

    雲のゆくてに

      時雨れけり

    むらむらあをき

    木々の紅葉ば

(意)風に靡く雲の進む方向に、時雨が降っていった。紅葉し始めた木々には、まだらに青葉が残っている。

順徳院は後鳥羽天皇の第三皇子で皇位に就きましたが、皇太子に譲位後に後鳥羽院とともに倒幕の計画をたて「承久の変」を起こしました。失敗後、鎌倉幕府により佐渡に流され佐渡において亡くなりました。絶食による餓死とも言われていますが、死後は佐渡の真野陵に葬られましたが、後に遺骨を都へ持ち帰られ大原法華堂の側に葬られました。それまで佐渡院と呼ばれていましたが、後に順徳院の諡号を贈られました。

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2008年11月26日 (水)

京都 大原三千院の紅葉1

11月17日比叡山への途中で大原の里の三千院と知恩院へ寄って行きました。今日は三千院の紅葉です。三千院は梶井門跡と呼ばれ、古くは東坂本に里坊がありましたが、中世以降、大原魚山の来迎院、勝林院、往生極楽院などの寺々を管理するために大原に政所を設けたのが前身です。明治になって三千院と公称するようになったようです。

建礼門院右京大夫の歌を家集から。

      いかにせむ

    わが後の世は

      さてもなほ

    昔の今日を

    問ふ人もがな

(意)どうしよう。私の死んだあと私がいなくなっても、なおあの人の亡くなった日を、弔ってくれる人があってほしい。

詞記に「三月二十日過ぎの頃、その日は、はかない仲であった人が水の泡と消えた日なので、いつものように、私の心一つで、あれこれと心を配り、法事の支度をした。そうするうちにも、私が死んだ後、誰がこれほどあの人のことを思いやってくれるだろうか。私がこんなに深く思っていたことだからと、あの人の命日を思い出してくれそうな人のいないことが、耐え難いほど悲しくて、しくしくと泣くよりほか仕方ない。自分が死ぬことよりも、そのことが気がかりで」とあります。これは恋人であった平資盛(平清盛の孫)が壇ノ浦の戦いで入水自殺をした後で、生前に平資盛から死後の回向を強く頼まれたため、自分の死後は誰が恋人の回向を弔ってくれるのか心配になったのでしょう。建礼門院右京大夫は坂本に泊まり比叡山で恋人だった平資盛の法要を営みました。法要の前に大原の里に旧主で恋人の叔母であった建礼門院を訪ねました。大原から比叡山までの道はどんな道だったのでしょうか?

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2008年11月25日 (火)

近江 湖東三山の百済寺(ひゃくさいじ)の紅葉

11月16日の滋賀県の湖東三山の百済寺の紅葉です。紅葉には少し早かったですが、この寺院の紅葉は湖東三山の中では一番遅いのだそうです。この寺院の呼び方は「くだらでら」ではなく「ひゃくさいじ」と呼びます。創建当時は「くだらでら」と呼ばれていたようですが、何時からか「ひゃくさいじ」と呼ばれるようになりました。もともと古代朝鮮では百済はハクサイと言っていたようです。伝説によれば、この寺院の創建は聖徳太子と言われています。聖徳太子が当時来朝していた高麗の僧である恵慈(えじ)とともにこの地を訪れ霊木の杉を見つけ、その杉を根づいたままに十一面観音を刻み、その仏像を中心に百済の龍雲寺に習った寺院を建て百済寺(くだらでら)と名付けたと言われています。鎌倉時代は天台別院とされ1,000坊の建物があったと言われていましたが何度かの兵火のために焼失していました。特に織田信長の焼き打ちは酷かったようで、壊滅的な破壊をされました。カメラはペンタックスK20Dとペンタックスレンズ18-55mm&55-300mmです。

新古今集から後鳥羽院の歌。

      露は袖に

    物おもふ頃は

      さぞなおく

    かならず秋の

    ならひならねど

(意)露(涙)は物思う頃にはさだめし袖に置くものなのだ。必ず秋に置くものでもないのだが。

この歌は簡単な歌のように見えて意外と難しい歌だと思います。少々意味が分からないところがあります。後鳥羽院は鎌倉幕府執権の北条義時排斥を画した「承久の変」で敗れ隠岐に流され隠岐で亡くなりました。隠岐に流されても都の藤原家隆などと文(ふみ)の交流をしていました。藤原定家は後鳥羽院に見出され目をかけられていましたが、承久の変後は後鳥羽院と一切の交渉を絶ちました。それだから私は藤原定家より藤原家隆が好きだと言うわけでもないのですが・・・!定家は自分の歌の考え方と後鳥羽院の歌の考え方の路線の違いから関係を絶ったのかも知れません。新古今集は後鳥羽院が藤原定家・藤原有家・源通具・藤原家隆・藤原雅経・寂蓮を選者として撰進を命じました。承久の変に敗れ隠岐に流されてからも自ら新古今集の編纂を続け隠岐本新古今集を選定し、勅令により隠岐本が正当な新古今集であるとしました。しかし一般的に新古今集は隠岐本ではありません。

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2008年11月24日 (月)

近江 湖東の永源寺の紅葉2

11月16日の湖東の永源寺の紅葉です。やはり有名な紅葉の寺院だけあって素晴らしかったです。境内の中に野生の猿の群れがいて大きな声を立てて喧嘩をしていました。

古今集から藤原興風の歌。

      み山より

    おちくる水の

      色見てぞ

    秋は限りと

    思ひ知りぬる

(意)奥山から流れ落ちてくる水の色を見て、初めて秋はもう終りなのだと知った。

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2008年11月23日 (日)

近江 湖東三山の金剛輪寺の紅葉1

11月16日の湖東三山の金剛輪寺の紅葉です。金剛輪寺は湖東三山の一つで、奈良時代に聖武天皇の勅願により行基が開山した天台宗の寺院です。本尊は行基の作と伝えられ、源義経が義仲追討の武運必勝を願い太刀を寄進したり、北条時宗が佐々木頼綱に命じて元軍降伏の祈願をしたといわれています。平安時代に一時衰えましたが、天台座主慈覚大師円仁により再興されました。山岳城郭であったころの趣を今なお残しています。石段を登りつめたところに、当時の僧の機智により織田信長の焼き打ちによる焼失の難を免れた本堂大悲閣、三重塔、二天門があります。本堂大悲閣は、鎌倉時代の和様建築の代表とされ、国宝に指定されています。

雨の中、傘をさして滑りやすい金剛輪寺の石段を沢山の観光客たちと一緒にやっとの思いで登りました。険しい石段でお年寄りたちが杖を突きながら登っていました。カメラはペンタックスK20Dとペンタックスレンズ18-55mm&55-300mmです。

新古今集から慈覚大師円仁(えんにん)の歌。

      大かたに

    過ぐる月日を

      眺めしは

    我が身に年の

    つもるなりけり

(意)世間では普通に過ぎる月日だと思っていたが、それはこの身に年として積もるものなのだ。

慈覚大師円仁は栃木県壬生町の出身です。壬生の豪族で朝鮮の新羅からの渡来人とも言われている壬生氏の出で794年に生まれ9歳で栃木県岩舟町にある大慈寺で修行をはじめ、後に比叡山を開いた最澄に師事しました。遣唐使船に乗り唐へ渡航して帰国するまでの旅行記を「入唐求法巡礼行記」として書き残しています。この旅行記は晩唐の政治的混乱などの貴重な資料となっています。また旅行記として歴史的に非常に価値のあるもので世界三大旅行記の一つとして高い評価を与えられています。円仁の研究者として有名なのが駐日アメリカ大使だったライシャワー氏です。円仁は日本で最初に朝廷から大師号を贈られました。

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2008年11月22日 (土)

新宿御苑の紅葉の始まり3

11月13日の新宿御苑です。新宿御苑のフランス風庭園のバラです。意外と綺麗でした。特に逆光の中のバラは綺麗に輝きますね!後半の黄色い紅葉は有名なユリノキです。後ろは銀杏の黄葉です。カメラはペンタックスK20Dとペンタックスレンズ18-55mm&55-300mmです。

万葉集から読み人知らずの歌。

      この山の

    黄葉(もみち)が下の

      花を我(わ)れ

    はつはつに見て

    なほ恋ひにけり

(意)この山の黄葉の下に咲く花をチラッと見て、ますますあなたを恋しくなります。

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2008年11月21日 (金)

近江 湖東の永源寺の紅葉1

11月16日の滋賀県の永源寺の紅葉です。永源寺は南北町時代の康安元年(1361)近江の守護佐々木氏頼(六角氏)が、この地に伽藍を建て、寂室元光禅師を迎えて開山され、瑞石山永源寺としたのがはじまりです。禅師が遷化された後の、応安2年(1369)後光厳天皇は禅師を追崇され円応禅師の諡号をおくられ、さらに昭和3年(1928)4月には正燈国師の称号がおくられているそうです。応仁の乱には、京都五山の名僧がこの地に難を避け修行し隆盛をきわめたそうです。ここは関西でも有数の紅葉の名所で私も以前から名前は聞いていましたが訪れるのは初めてでした。とにかく見事の一言です!こんな素晴らしい紅葉を見たのは初めてでした。幸い雨もほとんどやんできて傘をささないでも大丈夫でした。

新古今集から寂蓮法師の歌。

      物思ふ

    袖より露や

      ならひけむ

    秋風吹けば

    たへぬものとは

(意)物思いに涙を流す私の袖から学んだのだろうか、露は、秋風が吹けば堪えきれずにこぼれてしまう事を。

寂蓮法師は俗名藤原定長。藤原俊成の甥で後に俊成の養子となりました。

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2008年11月20日 (木)

新宿御苑の紅葉の始まり2

11月13日の新宿御苑です。カラスが沢山集まって皆で水浴びをしていました。これが本当のカラスの行水です。皇帝ダリアも綺麗に咲いていました。カメラはペンタックスK20Dとペンタックスレンズ18-55mm&55-300mmです。この組み合わせは軽くてガサバラないので、ついでに持ち運ぶは便利です。

新古今集から西行法師の歌。

      おぼつかな

    秋はいかなる

      ゆえのあれば

    すずろに物の

    悲しかるらむ

(意)ハッキリとしないが、秋は何の理由で様々なものを見ると訳もなく物悲しくなるのだろうか。

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2008年11月19日 (水)

近江 湖東三山の西明寺

11月16日京都へ行く途中で滋賀県湖東三山(西明寺・金剛輪寺・百済寺)と永源寺へ行って来ました。今回初めて紅葉の近江へ行ってきました。素晴らしい紅葉でした。京都よりスケールが大きいかも知れません。生憎の雨で傘をさしての滑りやすい石段を何段も登っての参拝でした。どの寺院も観光バスの行列が出来ていて広大な境内の石段は人で溢れていました。人が途切れるまで待って写真を撮るのが大変でした。カメラは軽さを考えてペンタックスK20Dとペンタックスレンズ18-55mm&55-300mmです。

最初は西明寺です。西明寺は平安時代の承和元年(834)に仁明天皇の勅願により三修上人が開山したと伝えられます。その後の細かな記録ははっきりしていないようですが、戦国末期に織田信長と戦った浅井家に近江国のほとんどの寺院は味方をしました。近江国は延暦寺との関係から天台宗の寺院が多く、織田信長に強硬に抵抗した延暦寺(天台宗)の末寺でもあった天台宗の寺院は織田信長の兵に攻められました。西明寺も織田の兵に攻められましたが、寺僧の機転により山門の傍らの僧坊を激しく燃えさせて全山が燃えたように見せかけたために本堂や三重塔は残りました。その後、西明寺は荒れ果てていましたが、江戸時代初期に天海大僧正などの尽力により望月友閑によって再興されました。西明寺には<国宝>本堂 三重塔<重文>木造薬師如来立像 木造釈迦如来立像 木造不動明王および二童子像(3体) 木造二天王立像 絹本著色十二天画像 錦幡 石像宝塔二天門<史跡・名勝>西明寺本坊庭園が残されています。また不断桜と紅葉を一緒に見られるのでも有名です。不断桜は花の形や咲き方から十月桜ではないかと思います。

新古今集から慈円の歌。

      鳴く鹿の

    聲に目ざめて

      しのぶかな

    見はてぬ夢の

    秋の思を

(意)妻を恋しく鳴く鹿の声で目覚め、思い起こしてしまいました。秋の憂い浸って見た見果てぬ夢を。

「見はてぬ秋の思を」とはどんな思いなのでしょう。恋人との関係が破綻して寂しい一人寝の夢をさまよっていたのでしょうか。慈円は摂政関白藤原忠通の子供です。若くして僧籍に入り天台座主に4度も就きました。一時数ヶ月間だけ大僧正に就きましたがすぐに辞任したためその以後は前大僧正慈円と呼ばれるようになりました。新古今集には92首入集していて西行に次ぐ入集数です。嘉禄元年(1225)9月25日に近江国小島坊にて入寂。七十一歳。無動寺に葬られました。

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2008年11月18日 (火)

河口湖から忍野の紅葉

11月1日の川口湖から忍野の紅葉です。カメラはソニーα900とVario-Sonnar24-70mmです。

三百六十番歌合から顕昭の歌。

      富士の山

    いくかすぎぬと

      かぞふれば

    同じ麓に

    有明の月

(意)富士の山裾を旅していて、いったい幾日経っただろうと数えてみると、ずっと何日も同じ山の麓にいて、今日も同じ有明の月を見るのだ。

当時は富士山の裾野を歩いて旅をしていたのです。何日歩いても富士山が見えていました。顕昭は父母とも不詳ですが幼い頃から仏門に入り、六条藤原氏の顕輔の猶子となり六条藤原家の歌風の代表的な歌人となりました。新古今集の時代に藤原俊成・定家らの御子左家と激しく対立し、万葉集への回帰を目指しました。

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2008年11月17日 (月)

伊豆河津の秋バラ2

11月2日の伊豆の河津町の河津ガバテル公園の秋バラです。やはりバラは綺麗ですね。春のバラも秋のバラも綺麗です。カメラはペンタックスK20Dとペンタックスレンズ55-300mm&ソフトフィールターです。

田安宗武の歌。

      乱れ咲く

    ちぐさの花

      色まして

    帰るさ惜しき

    野路の夕ばえ

(意)咲き乱れるさまざまの花の色がいっそう美しく映えて、帰り道を過ぎるのが惜しい、野道の夕焼けよ。

田安宗武は徳川将軍吉宗の次男で御三卿の田安家の始祖で現在の田安門に屋敷がありました。また寛政の改革の推進者であった老中の松平定信の父親でもありました。宗武は江戸期における歌壇の中で大きな存在でした。

松平定信は田安宗武の七男でしたが聡明として名高く11代将軍とも目されていたのですが、当時の老中田沼意次と激しく対立し御三卿のひとつ一橋治済により譜代大名の白河藩へ養子に出されてしまいました。老中は譜代大名から選ばれるので松平定信は将軍家の血筋を引く老中として就任し幕閣から田沼派を一掃し田沼意次の重商主義政策から重農主義政策へと政策を大転換しました。これが後に言う「寛政の改革」で幕末までこの政策は基本的に続きました。なお福島県白河市にある南湖公園は日本で初めて松平定信が作った公園です。それまで日本には個人の庭の考え方でしかなく、公園の考え方がありませんでした。この頃から日本には公(おおやけ)の考え方が定着してきたのでしょう。それまでに多くの大名たちが「公けあるいは庶民」の考え方を家臣への言い伝え等で示していましたが、公園を作ることで「公け」を体現したのは定信が初めてだと思います。定信は南湖公園の中に「共楽亭」と呼ばれる茶室を建てました。これは身分の差を越えて憩える「四民(士農工商)共楽」と言う考えからでした。また南湖公園は李白の「南湖秋水夜無煙」からと白河城(小峰城)の南にあったことから名付けられました。

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2008年11月16日 (日)

新宿御苑の紅葉の始まり1

11月13日に新宿へ出る用事がありましたので、帰りに新宿御苑へ行って来ました。紅葉が始まりかけていました。本格的な紅葉へはまだ少し時間が必要です。カメラはペンタックスK20Dとペンタックスレンズ18-55mm&55-300mmです。

古今集から紀貫之の歌。

      秋の菊

    匂ふかぎりは

      かざしてむ

    花より先と

    しらぬわが身を

(意)この秋の菊を折って、枯れるまで頭に飾ってみよう。花より先にこの世から消えるか分からない我が身であるから。

詞記に「世中のはかなきことを思ひけるをりに、菊の花をみてよみける」とあります。菊をかざすのは髪に挿して長寿を祈る意味があります。この歌は詞記にあるように空しい事との意味があるようです。「匂ふ」とは花が美しく咲く状態の事をさします。

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2008年11月15日 (土)

作原の秋1

11月14日の栃木県佐野市作原の紅葉です。昔は田沼町でした。20年程前から毎年のようにここへ通っていました。最近は少し御無沙汰をしていましたが、昨年あたりからまた来るようになりました。昔は有名ではなく知る人だけが知る隠れた紅葉の名所でしたが最近はカメラ雑誌などに載るようになり、年々マナーが悪くなってきていました。最近はコンテスト荒しのカメラマンが増えて来て人の邪魔をしたり嫌がらせをするようなカメラマン達が来るようになったので最近は敬遠していました。数年前には場所取りから殴り合いのケンカをする人などが出てきました。マナーの悪さにはビックリします。この作原の紅葉は素晴らしいと思います。道から少し入った袋小路のような狭い場所ですので車の出入りにも写真を撮るのにもマナーが必要です。10年ほど前にプロカメラマンがここへ迷い込み写真を撮って雑誌に載せたのが始まりでそれ以来大混雑するようになりました。10数年前に道路工事で山モミジの大木が数本切り倒されてしまい少々景色は変わりました。昔はもっと凄かったです。この時の道路工事では当初の計画によると山モミジがかなり切り倒されるはずでしたが、地元のカメラマンの方の運動でほとんどが残されました。それでも往年の紅葉は凄かったです。作原の紅葉は来週始め頃からが最盛期になると思います。最盛期は真っ赤に燃えますよ!ここは山の谷あいなので太陽が射してくるのが10時過ぎで14時頃には日が陰って来ます。

カメラはソニーα900とVario-Sonnar24-70mmとトキナー80-200mmF2.8とトキナー19-35mmです。

万葉集から大伴坂上郎女(おおとものさかのうえのいらつめ)の歌。

      かくしつつ

    遊び飲みこそ

      草木すら

    春は生(お)ひつつ

    秋は散りゆく

(意)今夜はこうして遊び楽しみ、そしてお酒を召し上がれ。草木ですら、春は毎年生い茂り、秋には散ってしまうのですから。

大伴坂上郎女は大伴旅人の異母妹で大伴家持の叔母です。また家持の正妻の大伴大嬢(おおいらつめ)の母でもあります。坂上郎女は大伴旅人が太宰の帥として大宰府に赴任した時にその後を追って筑紫に下り家持を母親代わりとして育てたと言われています。万葉集の編集にも関係したと言われ、万葉集では家持と柿本人麻呂に次いで第3番目の入首数です。万葉詩人としては額田王と並んで女流歌人として代表的な歌人です。

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2008年11月14日 (金)

前日光 粕尾峠の紅葉

11月9日に栃木県鹿沼市の上粕尾から粕尾峠を越えて足尾まで出ました。粕尾峠を越えると足尾側でモミジが綺麗に紅葉していました。今週末頃から栃木県佐野市あたりの渓谷も紅葉して綺麗な渓谷美を見せてくれるでしょう。

万葉集から額田王(ぬかだのおおきみ)のうた。

 冬ごもり 春さり來れば 鳴かざりし 鳥も來鳴きぬ

  咲かざりし 花も咲けれど 山を茂(し)み 入りても取らず

   草深み 取り手も見ず 

 秋山の 木の葉を見ては 黄葉(もみち)をば 取りてそしのふ

  青きをば 置きてそ歎く そこし恨めし 

 秋山われは

(意)冬が過ぎて春が来ると、鳥がさえずり、花が咲きます。けれども、山には木が生い茂り、入っていって取ることができません。草が深くて取って見ることもできないのです。秋山は、黄葉(こうよう)した木の葉をとっていいなと思います。まだ青いまま落ちてしまったのを置いて溜息をつくのが残念ですが、それでも私はそんな秋を選びます。

この長歌は天智天皇が宴会の席で当時の内大臣藤原鎌足に命じて「春山の花の艶と、秋山の紅葉の色、いずれが良いか競わせよ」と命じた時に額田王が詠った歌です。この宴の時の歌はこの歌しか伝わっていませんが、この宴の時に沢山の宮廷人達が春秋の優劣を詠ったのでしょうね。

ソニーα900とVario-Sonnar24-70mmです。

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オリンパスE-3とズイコーレンズ50-200mmです。

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2008年11月13日 (木)

伊豆河津の秋バラ1

11月2日に静岡県河津町の河津バガテル公園の秋バラです。この公園は世界的のも有名なパリ郊外のバガテル公園のローズガーデンを忠実に再現したバラ園です。約1,100種6,000本余りのバラが植樹されています。施設は河津町主導型の第3セクター方式で運営されています。私は毎年春・秋に数回バラの写真を撮りにここへ訪れています。カメラはペンタックスK20Dとペンタックスレンズ18-55mm&55-300mm&ソフトフィールターです。

昨日、TBSテレビの「みのもんた朝ズバッ!」で国家公務員の公務員宿舎の問題を取り上げていました。滅茶苦茶で酷いもんですね!まさに国民不在の無法国家の公務員ですね。国家公務員も悪いがそれを今まで馴れ合いで放置してきた政権与党にこそ日本を官僚国家へしてしまった問題の本質があるのでしょうね!一度握った利権は絶対に放そうとしないのが人間です。今の自民党や官僚や彼らから利益を得る事が出来る人達が正に生きた見本です。これからの公務員宿舎の建設の問題は、あるいはゼネコン救済の目的もあるのでしょうか?なんと言っても役人もゼネコンも与党の直接・間接の資金源ですからね!どんなに言い方を変えても政治資金や官僚の天下りは賄賂と同じでしょう。国を滅ぼすのは政治家、生き残るのは官僚でしょうか?国民はどうすればいいのでしょうね!政府与党の自民党・公明党に投票したり、投票を棄権したりした国民の方にも責任の一端はあります。民主国家の選挙での投票は国民の政治に対する信任投票なのです。

唐の安史の乱(安禄山の引き起こした大反乱)の頃の詩人で生涯を戦乱の中に過ごした大詩人杜甫の有名な詩春望」です。国破れて官僚残ると今は私達仲間の間では歌われています。

  春望
 国破山河在
 城春草木深
 感時花濺涙
 恨別鳥驚心
 烽火連三月
 家書低万金
 白頭掻更短
 渾欲不勝簪

 国破れて山河在り
 城春にして草木深し
 時に感じて花にも涙を濺ぎ
 別れを恨んで鳥にも心を驚かす
 烽火三月に連なり
 家書万金に低る
 白頭掻けば更に短く
 渾て簪に勝えざらんと欲す

こんなに美しい薔薇が日本では咲くのです。そして今は綺麗な紅葉が・・・!日本は美しく平和で素晴らしい国なのです。そんな素晴らしい国を壊そうとしている人達がいます。

昨日定額給付金のやり方が決まりました。麻生総理に定額給付を強制した公明党も狂っていますし、それを受け入れた自民党も狂っています。時事通信によれば『「無責任」「誤った政策だ」「いいかげんな制度」「言語道断」。定額給付金に所得制限を設けるかどうかを個々の市町村に委ねると政府・与党が12日決定したことに対し、判断を丸投げされた格好の市町村は一斉に反発した』。こんなことをしていては麻生総理もお終いですね。このままだと第二次補正予算は今国会中に提出できずに定額給付金問題は先送りとなるでしょうが、国会は景気回復のために他にやるべき事をしていたのでしょうか?国会に関連法案を出しても簡単には可決されないでしょう。公明党は何を考えているのか訳が分かりません。とにかく無駄使いはすぐに白紙撤回すべきです!日本人として情けない話です。

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2008年11月12日 (水)

古峰神社の秋

11月7日に栃木県鹿沼市の大芦渓谷の後に古峰神社へ行って来ました。紅葉が綺麗でした。古峰神社は日光修験の故郷・古峰ヶ原高原にある古い神社です。日光の修験者は古峰神社を拠点として周りの山々を歩いて回り修行を重ねて日光の中禅寺湖畔へ向かいました。ちょうど大芦川の源流近くの山塊が修行の中心だったと思われます。宮司の石原氏はモスクワオリンピックのクレー射撃(スキート競技)の選手でした。残念ながらボイコットで参加できませんでした。神社の近くにクレー射撃場を持っています。

古今集から在原業平の歌。百人一首の歌でもあります。

      ちはやぶる

    神世もきかず

      龍田河

    唐紅(からくれなゐ)に

    水くくるとは

(意)大昔の神代の時代にも、こんなことがあったとは聞いていない。龍田川の水を美しい紅色に括り染めするとは。

古代中国の蜀の地では、錦江の流れにさらしてつくる錦が、精巧な品として名高く、くくり染めという着想は、その蜀江の錦を意識してのものだとも言われています。だとすれば、上の句には、あの有名な蜀江の錦でも、これほどではあるまい、という含みもあるのでしょうか。

カメラはペンタックスK20Dとペンタックスレンズ18-55mm&55-300mmです。

古峰神社の手前にある金剛山瑞峯寺です。この寺院は日光を開山した勝道上人が修行したといわれる古峯原“奥の院”「三昧岩(三枚石)」を御神体とし、金剛童子・不動明王を奉っているお寺です。

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古峰神社です。

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P.S. 1週間前程から仕事場で使っていたパソコンが調子が悪くなり、だましだまし使っていたのですが昨日突然電源が切れなくなりNECの故障係に電話で問い合わせたところメーカーで修理となり、明日メーカーからの引き取りとなりました。Vistaはどうも私には使いにくいですね。古いXPが残っているのでそれで仕事をしますので問題はないのですが、一部データーがVistaに残っているのでそれが心配です。自宅で使っているVistaもイマイチ使い勝手が良くありません。画像の元データーは外付けHDDに残っているので問題はありませんが取りあえず現像ソフトを古いパソコンに入れ直すかが頭の痛いところです。

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2008年11月11日 (火)

伊豆高原 一碧湖の紅葉

11月2日の伊豆高原一碧湖の紅葉です。例年より少し早いです。まだ湖の奥の方で一部だけが始まっていました。生憎天気が悪くてピッシリとした写真が撮れませんでした。おまけにミノルタ用のトキナーレンズ80-200mmF2.8の写りが甘いです。少しピントがズレているのかも知れません。

古今集から僧正遍昭の歌。

      わび人の

    わきてたちよる

      木(子)のもとは

    たのむかげなく

    もみぢ散りけり

(意)侘しく暮らす人がここと決めて立ち寄る木の下は、身を託す蔭もなく紅葉が散り敷いていた。

詞書に「雲林院の木のかげにたたずみてよみける」とあります。「雲林院」とは仁明天皇の第七皇子である常康親王が住んだ場所で、古今和集では常康親王のことを「雲林院親王」と表わしています。親王はその死(869年五月)の直前(869年二月)、遍照にそこを任せたと言われいます。この歌の「わび人」とは失意の人の意味です。それは遍昭自身かあるいは常康親王の事を指すのか、または二人を指しているのかも知れません。

ソニーα900とVario-Sonnar24-70mmとトキナー80-200mmF2.8です。

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ペンタックスK20Dとペンタックスレンズ55-300mmです。

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2008年11月10日 (月)

大芦(おおあし)渓谷の紅葉2

11月7日に栃木県鹿沼市の大芦渓谷へ行って来ました。滝は大滝で数台分止まれる駐車場があります。下の渓谷に降りる道が見つからなかったので渓谷からの滝は撮れませんでした。この渓谷には大小20の滝があるそうです。鹿沼方面からこの渓谷に入って道が狭くなる寸前の白井平橋を越えて直ぐに左へ入る林道があります。車両進入禁止の林道ですが、その道沿いの渓谷ぞいに大きなモミジの木が沢山ありました。まだ紅葉はしていませんでしたが紅葉すると素晴らしい場所だと思いました。大滝で鹿沼市の職員が市のHPの写真を撮りに来ていました。彼から聞いた話でも白井平橋の先から入る狭い林道は大芦渓谷で一番綺麗だと言っていました。カメラはペンタックスK20Dとペンタックスレンズ18-55mm&55-300mmです。

古今集から読み人しらずの歌。

      散らねども

    かねてぞ惜しき

      もみぢ葉は

    今はかぎりの

    色と見つれば

(意)この紅葉の葉はまだ散っているわけではないが、散る前から惜しいと思う。それを秋の見納めの色と思えば。

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2008年11月 9日 (日)

日光の秋 中禅寺湖畔2

10月29日の中禅寺湖畔と半月山の展望台といろは坂の下り線です。半月山の展望台から遠くに滝が見えます。竜頭の滝か湯滝のどちらかです。

万葉集から柿本人麻呂の短歌を2首。

  秋山の 黄葉(もみち)茂み 惑(まと)ひぬる

    妹を求めむ 山道(やまぢ)知らずも

(意)秋山の黄葉があまり密に繁っているので、迷子になってしまった妻、その妻を捜しに行くのに、山道が分からない。

  黄葉(もみちば)の 散りぬるなへに 玉づさの

    使を見れば 逢ひし日思ほゆ

(意)黄葉が散りゆく折しも、使いの者がやって来るのを見ると、妻と出逢った日のことが思い出される。

この2首の短歌はその前にある長歌を受けての歌です。長歌の詞書には「柿本朝臣人麻呂、妻死にし後に、泣血哀慟(きふけつあいどう)して作る歌 二首并せて短歌」とあります。長歌を含めて3首の歌は妻が亡くなくった事を使者から聞いて嘆き悲しんで詠んだ歌です。長歌には他人に知られてはならない存在だった妻の突然の死を、こともあろうに恋文の使いから知らされた事などが詠われています。短歌の2首のうち最初の歌は、古代では死んだ人は森の中には行って行方が分からなくなるとの考え方がありました。まだ諦め切れずに亡くなった妻を森の中に捜しに行こうとする歌です。最後の歌は妻の死を受け入れて静かに妻の事を偲ぶ気持ちを詠ったのでしょう。

柿本人麻呂の歌も、紅葉は赤ではなく黄色です。やはり万葉の時代までは秋のモミジは黄葉なのです。古今集になると赤い紅葉が主流となります。

ソニーα900とVario-Sonnar24-70mmと500mmレフレックスとシグマ70-300mmです。

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ペンタックスK20Dとペンタックスレンズ18-55mm&55-300mmです。

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2008年11月 8日 (土)

前日光 大芦(おおあし)渓谷の紅葉1

11月7日に栃木県鹿沼市の大芦渓谷へ行って来ました。大芦渓谷の名前を聞いたことのある人は少ないと思いますが紅葉の名所の一つです。前日光とも言われる地域で日光の南側です。鹿沼市内から有名な古峰神社へ向かう道を神社の第一鳥居の手前から右に入ります。この道は日光の清滝のそばまで通じている林道で途中から車が1台しか通れない狭い道が続きます。紅葉には少し早く、週末の冷え込みが続けば10日過ぎ頃から見頃となると思います。道路が狭く駐車スペースもほとんど無いので運転と撮影には神経を使います。この渓谷には大小20程の滝があるそうですが渓流釣りの人達しか見る事は出来ないと思います。カメラはペンタックスK20Dとペンタックスレンズ18-55mm&55-300mmです。

新古今集から藤原俊成女の歌。

      ことわりの

    秋にはあへぬ

      涙かな

    月の桂も

    かはる光に

(意)秋はあわれを催すのが道理であるが、やはりこらえきれずに涙を流してしまう。月に生えているという桂の木の葉も黄色に染まって、鮮やかさを増した光を見れば。

「月の桂」とは月に桂が生えていると中国で古くから言い伝えられていて日本にもその話が伝来したようです。中国では桂とは桂花(金木犀など)や肉桂の事を指していたようですが日本では広葉樹の桂の木の事を指していて中国と日本とでは全く別な樹木です。この樹木の名前の違いには色々といわれがあるようです。桂の木の紅葉はモミジと並んで素晴らしいです。私は桂の木の紅葉が大好きです。

藤原俊成女とは藤原俊成の孫で色々な事情によって俊成の養女になった女流歌人です。素晴らしい歌詠みです。

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P.S. 
麻生総理は経済対策の目玉として約2兆円規模の定額給付、つまり合法的な選挙違反の国民買収策をしようとしています。政府はそんな事よりもっとやることがあると思います。例えばこれから大幅に増加するであろう失業者への手当の問題や、今後増えるであろう生活保護家庭の問題、生活保護費と年金の逆ザヤの問題、日本版サブプライム問題である住宅ローンの問題、自殺の増加への対策・・・!定額給付なんか馬鹿な事をするよりも、国民の生活を守るセーフティーネットを真剣に考えて欲しいですね!定額給付に所得制限を設けるのは難しいでしょう。私は「あしなが育英会」への寄付金を定額給付金ぶん増やします。あしなが育英会とは政府がやるべき事をやらないので、民間のボランティアで弱者を救済する活動をしています

http://www.ashinaga.org/about.htm

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2008年11月 7日 (金)

天城高原ベゴニアガーデン2

8月24日の静岡県伊東市の天城高原ベゴニアガーデンです。真夏はベゴニアの生育が良くありませんが、それにしても今年は悪すぎですね。それでもベゴニアの花は綺麗です。カメラはペンタックスK20Dとペンタックスレンズ18-55mm&55-300mm&28mmソフトレンズとソフトフィールターです。

古今集から凡河内躬恒(おうしこうちのみつね)の歌。 

      わが恋は

    ゆくへも知らず

      はてもなし

    逢ふを限りと

    おもふばかりぞ

(意)この恋は、何処へ向かうのか果ても知らない。いったいどこに辿り着くのだろう。今はただ、あの人と逢うことだけを願うばかりなのだ。

凄い恋の歌ですね。「限り」とは命の限りなのですね。命をかけての恋なのでしょうね。古今集の恋歌の中の名歌ですね。

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2008年11月 6日 (木)

日光の秋 中禅寺湖畔1

10月29日に中禅寺湖畔を歩いて来ました。イタリア大使館別荘記念公園を通り八丁出島まで行ってきました。白根山も男体山も早朝に雪が降ったようで山頂に雪がありました。風が強く少々薄着をしていったので寒かったです。カメラはソニーα900とVario-Sonnar24-70mmとシグマ70-300mmとミノルタ500mmレフレックスです。シグマ70-300mmのレンズはミノルタα7700時代の古いレンズで少々ガタついていますが良く撮れます。α900とZEISSレンズのVario-Sonnarの組み合わせは凄いです!値段は高いですがお釣りの来る組み合わせだと思います。

古今集から紀貫之の歌。

      見る人も

    なくてちりぬる

      奧山の

    紅葉は夜の

    錦なりけり

(意)見る人もなく散ってしまった奥山の紅葉は、まさに夜の錦だろう。

ここで歌われている「夜の錦」とは 「史記」の項羽本紀の『富貴にして故郷に帰らざるは錦を著(き)て夜行くが如し(富貴不帰故郷如衣錦夜行)』から、無駄なことの例えです。詞記に「北山にもみぢ折らむとてまかれりける時によめる」とあります。これから歌を解釈すると紅葉は錦に例えられますが、同じ錦でも人に見られない紅葉は夜の錦だとも解釈されます。

古今集に詠われている紅葉は赤い色ですが、万葉集では黄葉(こうよう)なのです。万葉の時代には黄色い色の方が赤い色より秋の色だったのかも知れません。あるいは中国では黄色い色は皇帝の色、つまり高貴な色だったからかもしれませんね!ここのところを調べてみたいと思っています。

P.S. アメリカの新大統領にオバマ氏が選ばれましたね。世界大恐慌が起きそうな寸前にアメリカ大統領に就任するのは大変でしょうが、期待するところが大です。オバマ氏の最大の選挙協力者はブッシュ大統領だったでしょう。ブッシュは歴史上世界でも屈指の最悪の部類に入る指導者でした。世界を滅茶苦茶にしてくれたのですからアメリカ国民も目が覚めたのでしょう。とにかくキリスト教・イスラム教の原理主義者は世界に不幸をもたらしているのです。オバマ新大統領の演説を聞くとケネディ大統領のように感じます。なにか引きつけられますね!日本の政治家とはグレードが違っているように感じます。

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2008年11月 5日 (水)

河口湖周辺の秋

11月1日に富士五湖の河口湖~西湖~野鳥の森公園と廻って来ました。紅葉には早かったです。今週末頃からでしょうか!

カメラはソニーα900とVario-Sonnar24-70mm、トキナー80-200mmF2.8です。ゴミが5カ所ほど映りこみました。オリンパスやペンタックスと比べてゴミが映りこみやすいのかもしれません。今までオリンパスE-3で1回だけ、ペンタックスK20Dで2回だけゴミが映りこみ画像処理しました。両方の機種とも何度かシャッターを入切をすると落ちました。それらに比べるとソニーα900はゴミ取機能が少し落ちるように感じました。α900もし20枚程撮るとゴミは自然と落ちていました。写真を撮っていると分かりませんでした。まあ、ゴミ取りは性能的には合格点でしょう。トキナーの80-200mmF2.8はミノルタα707を使っていた頃に買ったレンズですがなかなか良く写ります。とにかく重いレンズでフードもスチール製です。

新古今集から西行法師の歌。

      風になびく

    富士の煙の

      空に消えて

    ゆくへも知らぬ

    我が心かな

(意)風になびく富士山の煙が空に消えて行くように、そのように行方も知れないわが心。

この歌は慈円の家集「拾玉集」にこの歌が西行の歌として載っています。「これぞわが第一の自嘆歌と申しし事を思ふなるべし」とあり西行自身がこの歌を最高の歌だと自賛していたようです。西行が東国を旅していたこの頃の富士山は盛んに噴煙を上げていたようで数々の歌に噴煙を盛んに上げている富士山が詠われています。

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2008年11月 4日 (火)

清澄庭園の初秋

9月21日の東京都江東区の清澄庭園です。ここは元禄時代の豪商紀伊国屋文左衛門の別邸の跡で、後に下総国関宿城主で老中だった久世大和守広明の下屋敷でした。明治になり三菱の総帥岩崎弥太郎の所有となり関東大震災の時に地域住民の避難所として多くの人を助けました。後に三菱の三代目岩崎久弥より東半分を東京市に寄贈されました。東京市は昭和7年に清澄庭園として東京市民に開園しました。西半分を昭和48年に東京都が購入し清澄公園として開園しました。清澄庭園と清澄公園は隣り合っています。清澄庭園は有料(150円)ですが清澄公園は無料の公開公園です。この周辺は江戸時代から深川の一部で色々と名所旧跡の多い地域です。西側の隅田川を越えると中央区の浜町で北側は森下町、東は白河町と木場で南側は門前仲町です。

新古今集から藤原家隆の歌。

      むしのねも

    ながき夜あかぬ

      故郷に

    なほ思ひそふ

    松風ぞふく

(意)虫の音も秋の長夜を鳴き通しているこの故郷に、いっそう物思いを添える松風の音が聞こえる。

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2008年11月 3日 (月)

戸隠森林植物園の秋

10月12日に長野市の戸隠森林植物園へ行って来ました。戸隠森林植物園は戸隠神社奥社の参道入口近くに広がる湿地帯です。春には一面の水芭蕉の群生で有名です。雪どけとともにカタクリの花、ニリンソウ、コバイケソウ、イチゲなど春の山野草が湿原を彩ります。また120種類以上の小鳥たちがこの森を中心に生息していると言われていて、日本三大野鳥の宝庫の地と言われています。カメラはペンタックスK20Dとペンタックスレンズ18-55mm&55-300mmとタムロン90mmマクロです。

新古今集から藤原俊成女の歌。

      露はらふ

    寝覚は秋の

      昔にて

    見はてぬ夢に

    のこる面影

(意)露(涙)をはらいつつ夢から目をさますと、我が身はあの人と別れた秋(飽き)のままの私であった。夢では再び逢って睦まじくしていたというのに。見果てぬ夢の残像に、あの人の面影ばかりがいつまでも留まっている。

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2008年11月 2日 (日)

日光中禅寺湖 中禅寺金谷ホテルの紅葉2

10月25日の中禅寺湖畔の中禅寺金谷ホテルの紅葉です。ここの紅葉は昨年も見事でしたが今年は特に見事でした。なかなか写真では現実の美しさは表現できません。

古今集から素性法師の歌。

      秋風に

    山の木の葉の

      うつろへば

    人のこころも

    いかがとぞ思ふ

(意)秋風が吹いて山の木の葉は散ってしまうのだから、人の心も秋(飽き)風が吹けばどうなってしまうのかと心配だ。

カメラはソニーα900とVario-Sonnar24-70mmです。

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ペンタックスK20Dとペンタックスレンズ55-300mmです。

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2008年11月 1日 (土)

日光 いろは坂下り線の秋

10月25日の日光のいろは坂の下り線です。今年のいろは坂は綺麗でした。

古今集から小野小町の歌。

  今はとて わが身時雨に ふりぬれば

    言の葉さへに うつろひにけり

(意)今はもう、時雨が降ると色が変わる樹々のように、我が身も涙に濡れて古びてしまい二人の間は終わったのですね。今はもう貴方が以前約束して下さった言の葉さえも変わってしまったのです。

古今集から小野貞樹の返歌。

  人を思ふ こころ木の葉に あらばこそ

    風のまにまに 散りもみだれめ

(意)あなたは、人を思う心は木の葉のように変わってしまうとおっしゃる。そうであるならばたしかに風の吹くままに散り乱れてしまうでしょう。しかし、私があなたを思う心は、そんなに軽々しいものではありません。散り乱れることなど決してありませんよ。

この二つの歌は古今集の巻十四恋歌四に載っている782番と783番の歌です。二人の関係はよく分かっていませんが、この二つの歌からは過去に恋愛関係に有った事が読み取れます。

ソニーα900とVario-Sonnar24-70mmとミノルタ500mm&トキナー70-200mmF2.8&ケンコー2xテレコンです。

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ペンタックスK20Dとペンタックスレンズ55-300mmです。

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