栃木植物園の彼岸花
9月24日に栃木県都賀町の栃木植物園へ行ってきました。ここは「花之江の郷」から1Kmほどのところにある植物園です。この地は中世には栃木市に本拠のあった戦国大名の皆川氏が築いた「布袋ヶ丘城」がありました。この城は宇都宮に本拠のあった宇都宮氏の鹿沼方面からの南下を抑える皆川氏の出城でした。戦略上本拠の「皆川城」を守る重要な城砦で何度か大きな戦いがありました。発掘調査の結果、出城の領域をはるかに超える規模の巨大な城だったようです。皆川城は豊臣秀吉の小田原攻めの時に小田原方に付いたために上杉・真田氏に攻められて落城しましたが、城主の皆川広照は小田原城に在城していて小田原城落城前に出奔し徳川家康に降伏して本領安堵されました。後に徳川家康の六男の松平忠輝の養育を任され忠輝が信州川中島藩12万石に加増移封されるに従い忠輝の付属大名として皆川広照は信州飯山藩へ加増移封されました。後に川中島藩の御家争いで皆川広照は失脚し飯山の領地を召し上げられてしまいました。忠輝は後に越後高田藩へ加増移封となりましたが、その後に兄である2代目将軍秀忠により改易の処分を受け不遇のうちに諏訪高島城内で亡くなりました。松平忠輝がなぜ改易されたかは色々と言われていますがよく分かっていません。忠輝は18代当主の徳川 恒孝(とくがわつねなり)によって赦免されました。亡くなってから301年後の1984年でした。カメラはオリンパスE-3とズイコーレンズ14-42mm&18-180mmです。
風雅集から藤原為子(京極為子)の歌。
時ありて
花も紅葉も
ひとさかり
あはれに月の
いつもかはらぬ
(意)花も紅葉もそれぞれの季節があり、盛りはひとときだ。ところがあわれ深いことに、月はいつも変わらぬ姿で空にある。
この歌は人の人生を詠っているのでしょうか。藤原為子は伏見院や永福門院に仕えた前期京極派の代表的な歌人です。
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コメント
赤白黄。。。
華やかですねぇ~
自宅の黄色いリコリスが、私の知らない間にこっそり咲いてこっそり枯れておりました。
* ・・(o_ _)o
投稿: 凪々@休憩中 | 2008年10月 3日 (金) 10時44分
凪々さん、こんにちは。
黄色いリコリス写真に撮れなくて残念でしたね。意外と寿命が短いですね。
投稿: シゲ | 2008年10月 3日 (金) 15時31分
こんばんは。
毎日、ほんとにたくさんの曼珠沙華を拝見させていただいてます。
ほんとにパワフルで羨ましい!!
この花はすごい数の人のなかで見ることが多いのですが、撮影された時間が早いのでしょうか、人が見えませんね。
ほんとうにいい雰囲気で、こんな場所に行ってみたいと思います。
投稿: Noribenz | 2008年10月 3日 (金) 22時36分
Noribenzさん、こんばんは。
巾着田は超有名ですので人が沢山集まります。他の彼岸花の群生地は意外と知られていないところが多いですね。
投稿: シゲ | 2008年10月 4日 (土) 18時05分