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2008年10月 2日 (木)

花之江の郷の中秋 彼岸花1

9月24日の栃木県都賀町の花之江の郷です。花之江の郷は春から秋まで花の絶える時がありません。今の季節は彼岸花が沢山咲きます。経営母体は栃木市内の和菓子屋の「もめん弥」で、お煎餅の「がんこ職人」で割り合い有名です。カメラはオリンパスE-3とズイコーレンズ14-42mm&18-180mmです。

和漢朗詠集から小野篁の漢詩を。

 物色自堪傷客意 宜将愁字作秋心 客舎秋情

(読み)物の色は自ずから客の意(こころ)を傷(いた)ましむるに堪(た)へたり。宜(うべ)なり愁(うれひ)の字をもて秋の心に作れること。

(意)目に入る世界のすべての色が流される身である私の心を傷まします。秋の心でもっで愁の字を組み立ているのは、もっともなことです。

小野篁は三十三歳で遣唐副使に任命されました。二度出帆して難破したのち、承和五年(839年)、遣唐大使の藤原常嗣と軋轢を起こし、病と称して進発せず、しかも大宰府で嵯峨上皇を諷する詩を作ったため、上皇の怒りに触れて隠岐に流されました。大使との軋轢とは大使の船の破損が激しかったので副使の小野篁の船と交換されたのに腹を立てたと言われています。この漢詩は隠岐に流された時に詠われたと言われています。2年後に許され都へ帰り、後に参議(閣僚)に至ります。遣唐使に選ばれた時に唐の詩人白楽天が小野篁が遣唐使として唐に来ることを伝え聞き、逢えることを楽しみにしていたと伝えられていましたが、難船によって世紀の対面は果たせませんでした。この頃は日本の貴族達の間では白楽天の漢詩を早く手に入れる事が流行りました。当時は小型の新羅船が沿海航行で日本と中国の間を繋いでいたようです。小野篁は詩文の天才ですね。残念ながら彼の漢詩集である「野相集」5巻は現在は失われています。京都東山の六道珍皇寺の井戸から毎夜地獄へ降りて閻魔大王の手伝いをしていたと言い伝えられています。

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コメント

彼岸花も素敵ですが、白花のホトトギスの清楚な姿に惹かれました。
綺麗だなぁ~
(*´ -`)(´- `*)ウットリ

投稿: 凪々 | 2008年10月 2日 (木) 08時53分

凪々さん、おはようございます。
白いホトトギスは数株ありました。綺麗でした!

投稿: シゲ | 2008年10月 2日 (木) 09時54分

おはようございます。
先週の金曜日に故郷に帰省し、
一昨日東京に戻りました。
彼岸花がいっぱい咲いていますね。
故郷でも彼岸花やコスモスがいっぱい咲いてました。
もう秋の気配でした。

投稿: howdygoto2 | 2008年10月 2日 (木) 10時24分

howdygoto2さん、こんにちは。
高田あたりは刈り取りもほとんど終わっているでしょうね。野尻湖へ行きたいのですがなかなかまとまった時間がとれません。

投稿: シゲ | 2008年10月 2日 (木) 11時42分

きれいなホトトギスですねぇ~
ヒガンバナも圧倒されるほど咲いていますね。
コスモスに薄も・・・いい風景が沢山!

投稿: shibata | 2008年10月 2日 (木) 20時46分

shibataさん、こんばんは。
白いホトトギスは綺麗ですね!
花之江の郷は素晴らしいです!

投稿: シゲ | 2008年10月 2日 (木) 21時41分

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