新宿御苑の桜3
4月4日の新宿御苑です。やはりここの桜は綺麗です!
藤原家隆の歌を家集の壬二(みに)集から。
花をのみ
まつらん人に
山ざとの
雪まの草の
はるをみせばや
(意)花の咲くのばかり待っている人に、山里の残雪の間に萌え出る、若草の春を見せてやりたいものだ。
千利休の弟子と言われた南坊宗啓の書き残した利休の茶道の秘伝書と言われる「南方録」(博多の立花家に伝わる古文書)によれば、利休はこの家隆の歌を茶道の指針としたそうです。千利休の茶道の師匠である武野紹鴎(たけのじょうおう)は「三夕(さんせき)の歌」の一つ藤原定家の「見渡せば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋の秋の夕暮」を茶道のわび茶の原点としました。両方の歌が現在の侘び寂びの茶道の原点なのでしょうか!定家の歌は新古今集に載っているのですが、家隆の歌は家集にしか残っていません。定家と家隆はよく言えば永遠のライバルで生き方も歌の家風も違っていました。両者はいずれも後鳥羽院の寵愛を受けました。家隆のこの歌は随筆家の白州正子(しらすまさこ)に絶賛されています。白州正子の夫は白洲次郎と言い、戦後吉田茂の側近として敗戦後の日本の復興の功労者の一人でした。マカーサーを叱った男として有名でした。また現在の通産省の前身であった貿易庁の長官でした。戦争中は吉田茂を中心とする「ヨハンセン・グループ」(宮中反戦グループ)に加わり、終戦工作に奔走しました。正子の父方の祖父は海軍大将で伯爵の樺山資紀で母方の祖父は海軍大将で伯爵の川村純義で昭和天皇の教育係でした。白洲正子は子供時代は沼津の御用邸で昭和天皇の遊び相手でした。
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コメント
おはようございます。
新宿御苑の桜がここまで見事だったとは、驚きました。
さすが首相主催のお花見が催されるわけですね。
この前、孫の白洲信哉が書いた「小林秀雄 美と出会う旅」
という本を読みました。
難しかった小林秀雄が、少し身近に感じられる一冊でした。
投稿 photobananas | 2008年5月 4日 (日) 10時47分
こんにちは。
家隆のうた、いいですね。
いま会津の山はもえぎ色です。
投稿 まさとチャン | 2008年5月 6日 (火) 12時24分
photobananasさん、こんばんは。
小林秀雄は戦中戦後にかけて白洲夫婦と同じ敷地に住んでいたと思いました!
投稿 シゲ | 2008年5月 6日 (火) 21時50分
まさとさん、こんばんは。
会津へ今年の春も行けませんでした!
投稿 シゲ | 2008年5月 6日 (火) 21時51分