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2008年4月27日 (日)

京都の桜9 二条城1

4月12日の二条城です。ここの桜は綺麗です。特に枝垂れ桜は見事です。

二条城は昔からいくつも存在していました。現在の二条城は徳川家康が関ヶ原に勝利して後に、京都へ上洛する時の宿泊施設と京都御所の守護を目的として造営しました。のちに3代将軍家光が敷地を拡張して現在に至ります。室町時代には二条大路に面していた室町将軍の屋敷を二条城と呼んでいましたが、二条大路に面していなくても二条城とも呼んでいたようです。二条城は左京にありましたが、右京にも西院城が存在していた時があったようです。織田信長が本能寺の変で明智光秀に殺された時に、嫡男の信忠は妙覚寺に泊まっていましたが、事変が起きたことを知り二条城に立て籠もり明智勢を迎え撃ちましたが全滅しました。豊臣秀吉も京都に天守閣のある二条第を作り、聚楽第が出来るまで京都での住居としました。場所はそれぞれ違っているようです。現在の二条城は徳川家康に将軍宣下が下った時と、徳川慶喜が将軍を返上した大政奉還時に使われました。大政奉還の時には二条城には徳川家の旗本として最精鋭の幕府歩兵を中心に5,000名と会津兵3,000名・桑名兵1,500名が駐屯していました。慶喜は西軍との衝突を避けるために兵を率いて大阪城へ下がり、守備のために少数の水戸藩兵を残しました。これが鳥羽伏見の戦いまでの前段の始まりです。

新古今集から藤原俊成女の歌。

      恨みずや

    うき世を花の

      いとひつつ

    誘ふ風あらばと

    思ひけるをば

(意)恨まずにいられません、花がこの憂き世を厭って、誘う風があれば散ってしまおうと思っていることを。

藤原俊成女とは藤原俊成卿女とも呼ばれます。藤原俊成の娘の子供で俊成の孫です。父親の藤原盛頼が「鹿ケ谷の変」に連座して失脚したため両親が離婚して祖父の俊成に養育され、養女となりました。藤原定家は叔父ですが兄妹となりました。晩年は嵯峨に住み最後は播磨国越部に隠棲したので嵯峨禅尼とか越部禅尼と呼ばれました。文芸評論家の保田與重郎氏の『日本語録』によれば「幽玄にして唯美な作として、俊成女ほどに象徴的な美の姿を、ことばで描き出した詩人はなかつた。俊成女のつくりあげた歌のあるものは、たゞ何となく美しいやうなもので、その美しさは限りない。かういふ文字で描かれた美しさの相をみると、普通の造形藝術といふものの低さが明白にわかるのである。音樂の美しさよりももつと淡いもので、形なく、意もなく、しかも濃かな美がそこに描かれてゐる。驚嘆すべき藝術をつくつた人たちの一人である」とあります。まさに的を得た評論だと思います。藤原俊成女は藤原定家とはまた違った素晴らしい歌詠みだと思います。

この歌の本歌は古今集の小野小町の歌です。

 わびぬれば 身をうき草の 根を絶えて

    誘ふ水あらば いなむとぞ思ふ

(侘び暮らしをしていたので、我が身を憂しと思っていたところです。浮草の根が切れて水に流れ去るように、私も誘ってくれる人があるなら、一緒に都を出て行こうと思います) 詞書によると国司として三河国に下ることになった文屋康秀から、「私と田舎見物には行けませんか」と戯れに誘われて、その返事として贈った歌とあります。実際は一緒には行っていないと思います。康秀は小野小町と同じく六歌仙の一人です。仁明天皇に近侍したと思われる文屋康秀と小町とは旧知の間柄だったのでしょうね。諧謔味を籠めてはいますが、おかしさよりもしみじみとした情感(情愛)が在るように思えます。

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コメント

ピンクの枝垂れと白花のコントラストが鮮やかですね。。。
なるほど納得の美しさですねぇ~♪
(*^-^)ニコ

投稿 凪々@外出中 | 2008年4月27日 (日) 07時21分

お早うございます。
プチお久になってしまいました。

枝垂桜が見事ですね。京都でのお花見はした事がありません。
今年はシゲさんに見せていただき感謝です。

〆切り過ぎた仕事を抱えてんてこ舞いしてましたが、やっと片付きました。
今頃は野尻湖に向かっていますか?

投稿 | 2008年4月27日 (日) 09時47分

シゲさん、おはようございます・:*:・゚

京都に行かれたのですね♪
時たま、覗かせていただいておりましたが(*^^*)
やはり、桜のシチュエーションには、古都、京都
絶景ですね♪
楽しませていただいております~

投稿 | 2008年4月27日 (日) 09時49分

こんにちは(^^)
実は二条城の桜って長いこと見てないんですよ。
やはりすばらしいですね(^^)
新緑の京都も負けず劣らずすばらしいですよ(^^)

投稿 ひろ | 2008年4月27日 (日) 14時22分

凪々さん、こんばんは。
枝垂れ桜のピンクと山桜の白との組み合わせは本当に綺麗でした。

投稿 シゲ | 2008年4月27日 (日) 20時31分

紅さん、こんばんは。
野尻湖は明後日行きます。明日は久しぶりに古い友人と銀座で一杯やります。昔、一緒に仕事をしていた人達が櫛を引くように亡くなっていきます。淋しい事ですね。明日は昔の思い出話で亡くなった人達を偲ぶ酒になりそうです。

投稿 シゲ | 2008年4月27日 (日) 20時36分

空さん、こんばんは。
今朝はさいたま市の総持院の牡丹を最初に撮りに行きました。満開に近い咲き方でした。今月末までは見事に咲いていると思います。ここの寺院は割合空いていますし、牡丹の手入れも良いです。その後に花之絵の郷にエビネランを撮りに行って来ました。少し早かったですが連休の後半には見事なエビネの群生が見られますよ!クマガイソウも咲いていました。

投稿 シゲ | 2008年4月27日 (日) 20時42分

ひろさん、こんばんは。
京都の方には一般的すぎるかもしれませんね!しかし見事な枝垂れ桜でした。

投稿 シゲ | 2008年4月27日 (日) 20時43分

松の間から見る桜も風情がありますね。
二条城の枝垂れ桜も見事ですね。
来年は見に行きたいです。
毎年、見たい桜が増える一方です(笑)

投稿 マロン♪ | 2008年4月27日 (日) 22時55分

マロンさん、おはようございます。
二条城は観光客が沢山寄るところです。意外と綺麗ですね!ここの枝垂れ桜は上品です。

投稿 シゲ | 2008年4月28日 (月) 09時30分

シゲさん、おはようございます♪

情報をありがとうございます♪

エビネ蘭も、牡丹も行きたいですね~~
でも仕事と・・連休は九州のほうに法事で帰ります。
時間がとれなさそうです~ガックリ・・・・
月末には入間の竹寺には行く予定です。

投稿 | 2008年4月28日 (月) 11時35分

空さん、こんにちは。
それは残念でした!法事で九州ですか。カメラを抱えて行くのでしょう。ブログ楽しみにしていますヨ!

投稿 シゲ | 2008年4月28日 (月) 11時51分

嵯峨野は凄く懐かしく拝見しました。
大したものがない素朴さが大好きです。
でも二条城は、場所的にバスや乗り物から降りずに
通り過ぎちゃうことが多く、行ったことなし。
桜がこんなに見事だとは知りませんでした。
上から3段目の左から2列目が可愛らしいですね。
それと私のブログからリンクさせて頂きました。
報告が後になりすみません<(_ _)>

投稿 yoshiko | 2008年4月28日 (月) 12時26分

yoshikoさん、こんばんは。
リンクありがとうございました。
二条城は京都や大阪に住んでいる人達は避けて通るようですね!素晴らしい場所なのですが!

投稿 シゲ | 2008年4月28日 (月) 23時38分

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