どんなに離れていても心は一つ
you'll never walk alone
今朝は朝から雪です。いまのところ積るほどではないですが、かなり雪が降っています。路面が凍ってくる夕方からが大変かもしれません。私の車はスタッドレスを履いているので問題はないのですがノーマルタイヤの車に突っ込まれにようにしないといけませんが、スリップしてくる車を避ける方法はありません。靴も雪用のスリップ防止の靴底の靴を持っているので割合安全です。今日は帽子をかぶってリュックを背負って両手をポケットから出して小幅で歩きましょう。
12月5日の文京区の六義園の紅葉です。ここの紅葉は素晴らしいです。カメラはソニーα900とVario-Sonnar24-70mm&ソニー70-300mmGです。
六義園は大老格の柳沢吉保の作った大名庭園です。柳沢吉保の家は武田信玄の遺臣でしたが徳川家康の旗本となりました。徳川家光の四男松平綱吉が館林藩を立藩するとそれに従い旗本から館林藩士となり、柳沢吉保は松平綱吉の小姓となりました。松平綱吉はやがて四代将軍だった実の兄の徳川家綱の養子となり徳川姓となり江戸城西の丸に入り館林藩は自動的に徳川家に戻り、藩士も旗本になりました。柳沢吉保はそのまま徳川綱吉の小姓として仕えました。徳川綱吉が第五代将軍となると柳沢吉保への寵愛がますます深まり加増の連続となりました。やがて徳川綱吉の生母了本院の侍女飯塚染子を側室として賜りました。この染子との間に出来た子供が柳沢吉里で巷では徳川綱吉の子供だったと言われています。将軍綱吉は度々この六義園を訪れ泊っていきましたので色々な噂が立ったのでしょう。一説では染子は下賜されるまで将軍綱吉の愛妾だったと言われています。
古今集から坂上是則(さかのうえのこれのり)の歌。
もみぢ葉の
ながれざりせば
龍田川
水の秋をば
たれかしらまし
(意)紅葉した葉が流れないとしたら、龍田川の水にも秋という季節があることを誰が知ろうか。
P.S.
☆1月16日の日刊ゲンダイの記事です。
<だから、この男は信用できない>
野田佳彦首相が週末の民放テレビ番組に出演し、消費税増税を含む社会保障と税の一体改革に向けて「この国を守るため、私の政治生命をかけて一体改革をやり抜く」と息巻いていた。この男の言葉の軽さにはウンザリだが、実はそれを裏付けるエピソードがある。
09年の衆院選での応援演説だ。当時の野田は幹事長代理。大阪16区の森山浩行衆院議員の応援に駆けつけた野田はまず、〈政権公約(マニフェスト)は、ルールがある。書いてあることは命懸けで実行する。書いてないことはやらないんです〉と絶叫したのだ。野田は、後期高齢者医療制度を導入した自公政権をヤリ玉に挙げて〈書いていないことを平気でやる。おかしいではないか。マニフェストを語る資格はない〉と切り捨てたのだが、この言葉をそっくり、野田に返したい。
マニフェストを「命懸けで実行」どころか、書いていない消費税引き上げに「命懸け」になっている野田は、こんなふうに口からデマカセ男なのである。
この演説で野田はさらに、天下り法人に12兆6000億円の税金が投入されていると指摘した上で、〈消費税5%分の税金に天下り法人がぶらさがっている。シロアリがたかっているのです。シロアリ退治しないで消費税引き上げなんですか?消費税の税収が20兆円を超えたら、またシロアリがたかるかもしれません。天下りをなくす、そこから始めなければ消費税を引き上げる話はおかしいのです〉と声を張り上げた。これにも目を白黒だ。
民主党政権は「独立行政法人などへの現役出向は天下りじゃない」「役所でなくてOBが斡旋するならば問題じゃない」などの抜け道をつくって事実上、国家公務員の天下りを黙認している。渡辺喜美行革担当相時代の自民党政権の方がまだマシで、民主党政権は誕生後、たった1年で4000人以上が独法などに天下っている。シロアリは退治されるどころか、やりたい放題。それでも消費税増税とは開いた口がふさがらない。
☆朝日新聞の1月19日の社説です。
原発政策―「減らす」原点忘れるな
原発の寿命を40年と法律に明記する方針を細野原発相が発表して2週間もたたないうちに、例外的に最長60年まで延長可能とする法改正案を内閣官房が明らかにした。
一方、経済産業省の原子力安全・保安院は、関西電力が実施した大飯3、4号機(福井県)についてのストレステスト(耐性評価)を「妥当」とする審査結果の素案をまとめた。定期検査で止まった原発の再稼働に向けた一歩となる。
国民の多くは戸惑っているのではないか。原発への依存度を減らしていくのが野田政権の原点だったはずだ。「40年まで」は野田首相が政権発足時に明言した「寿命が来た原発は順次廃炉にする」という方針の具体化ではなかったのか、と。
原発の40年以上の運転について、内閣官房は「極めて例外的で、これまで以上に厳しい基準を設ける」と説明する。ストレステストも「手続きの一環で、再稼働の是非は政治に委ねられている」(保安院)という。
だが、震災を教訓に規制を強化し、原発を減らしていくという姿勢が後退した印象を与えているのは間違いない。
そもそも、原発をどのくらいかけて、どの程度減らすかという大枠が決まらないうちに、細かい規制や手続きを進めようとすることに無理がある。
エネルギー政策全体については「2030年に電力供給の53%を原発でまかなう」とするエネルギー基本計画を白紙から見直すことになっている。舞台は経産省が事務局の総合資源エネルギー調査会。今春がめどだ。
しかし、原発をめぐる意見の対立が激しく、委員からは「合意点と対立点の整理にとどめ、最終判断は政治に委ねるほうがいい」との声が出ている。
野田内閣は、有識者らの審議を待つだけでなく、リーダーシップを発揮する必要がある。
大切なのは、政権の姿勢が揺らいでみえることのないよう、折に触れてメッセージを発していくことだ。
古い原発は出力も小さく、需給に与える影響は大きくない。すでに40年を過ぎた原発は確実に止めることを宣言する。
そのうえで、昨夏の節電効果も踏まえて、今夏のピーク時に最低限動かさざるをえない原発が何基なのか、具体的に示すことが欠かせない。
閉められる原発はできるだけ早く廃炉にしていく。そのための環境整備を急ぐ。こうした姿勢を目に見える形で示さなければ、今後の原発政策に対する理解も得られまい。
☆1月19日の東京新聞の社説です。 (説得力のある社説だと思います)
原発最長60年 国民の安全は二の次か
原発の寿命とは、そんないいかげんなものなのか。四十年といっていたはずが、半月もたたぬ間に最長六十年まで延びた。しかも基準は米国にあるという。安全への決意は一体どこへ行ったのか。
原発の寿命は原則四十年。例外的に延長される余地はあるものの細野豪志原発事故担当相は「四十年以上の運転は極めて難しくなった」と言い切った。無理な延命は危険である、との認識に立つ見解ではなかったか。
その原発相が外遊中に「実質六十年は運転可」とも受け取れる、延長期間の上限が示された。一体この政府はどうなっているのかと疑いたくなるような、激しい方針のぶれである。
電力会社は、原発の老朽化を認めていない。「高経年化」と呼び変える。部品さえ交換すれば、老朽化はありえないという、極めて特異な考え方に立っている。
たとえば関西電力美浜原発のPR施設には、老朽化は古くなって役に立たなくなったこと。高経年化は時間の経過を意味するもの。安全性、信頼性維持活動を行っている以上、老朽化に至ることはない、との掲示がある。
事故を起こした福島第一原発の1~4号機は、運転開始から今年で四十一~三十四年という古い原発だ。老朽化が事故の一因になった恐れは十分ある。
最長六十年は、米国にならって決めたという。安全の物差しが外国頼みとは、一体どういうことなのだろう。米国の技術者が、マークI型原子炉の欠陥を指摘したときには、一顧だにしなかった。
世界で最も長く稼働中なのは、四十五年の英国オールドベリー原発だ。米国にも、世界にも、いまだ五十年を経験した原発はない。米国ではコストが合わなくなった一九六〇年代以前の原発は、大半が運転を止めている。
私たちは、四十年の寿命が示された時、「四十年可の保証にするな」と主張した。寿命の根拠が明確に示されていない上、技術への過信が呼び起こした事故が、多くの人を今もなお、苦しめているからだ。その過信を正せずに、将来さらに重大な事態を招くのを心底恐れるからである。
だから、もう一度繰り返す。電力の供給不安を訴える電力業界への配慮より、安全、安心を求める国民の、作業員たちの期待に応えるために、原発の延命には、厳しく歯止めをかけるべきである。
私たち消費者にも、新時代に踏み出す覚悟はある。
細野大臣は何を考えて40年と言ったのでしょうか?官僚が細野大臣の了解も得ずに60年になることもあると発言したのでしょうか?やはり大臣は官僚の掌の上で踊らされているだけなのでしょうか?