さいたま市 尾島家 クマガイソウ2
4月20日のさいたま市見沼区にある旧家・尾島家の敷地の花さん達です。クマガイソウ・牡丹・八重桜・サクラソウなどが咲いていました。先日、ラジオのニュースで旧大宮市のクマガイソウの自生地の牡丹の花が数十本も悪戯で折られたと言っていました。尾島さんの庭だと思います。酷いことをする奴がいるものです。他のニュースに触発されたのでしょうね!4月20日のこの日に偶然、庭で尾島さんにお会いできました。「花盗人が多いのだが、いくら盗んでいっても土が合わなければ育てることなんか出来るはずがない。管理が大変で善意の方達の募金だけでは難しい。募金箱を置いてあるのだがお金を入れてくれる人は数が少ない。この山は私(尾島さん)個人の所有だから自然を残せるが土地が分散したら継続は不可能だ。この山は土の中に蘭菌が居るので蘭が育つ。クマガイソウの数が減ったのは数年前の大雪で一人では雪掻きが出来なかったのが原因で、その後の手入れが出来なくて倒れた竹を切ったらその年からクマガイソウの数が減ってしまった。自然とは不思議なもので、毎日が勉強だ!」何とか残したい貴重な自然です。
実は昨日、某所で花盗人未遂がありました。私は花の写真に夢中で気が付きませんでしたが、何かおかしな熟年夫婦がいるとは思っていました。オーナーの前で花を取ろうとしたようです。おかしな夫婦は直ぐに帰ってしまいましたが、また来るでしょうね!何か日本人がおかしくなっているように感じます。私と同じ団塊世代の人に割合に非常識の人が多いように感じます。世代の人口が多いからでしょうか?我々の若い時代はみんなが貧しかったですから、育ちでしょうかね!あるいは生活に追われてお金がないのでしょうか?
新古今集から菅原孝標女(すがわらたかすえのむすめ)の歌。
浅みどり
花もひとつに
霞みつつ
おぼろにみゆる
春の夜の月
(意)春と秋とどちらに心が惹かれるかと申しますと、わたくしは薄藍の空も、桜の花も、ひとつの色に霞みながら、朧ろに見える春の夜の月のすばらしさ、それゆえ春と申します。
詞記に「祐子内親王藤壺にすみ侍りけるに、女房うへ人などさるべき限り物語りして、春秋のあはれいづれにか心ひくなどあらそひ侍りけるに、人々おほく秋に心をよせ侍りければ」とあります。皆で集まって春か秋かどちらが優れているか物語をしていると、多くの人は秋だと言う。私は春だと思うと言う歌です。この日の事は菅原孝標女の書き著した「更級日記」にも載っていて同席していた「うえ人」とは源資通(すけみち)のことです。日記には源資通から後日「あの晩の事が忘れられず、恋しく思います」と文が送られてきて、彼女が一喜一憂する様子が書かれています。源資通との関係はプラトニックだったようです。菅原孝標女の父親は菅原道真の血筋の菅原孝標でした。父が上総介として任国上総国に赴任する時に母親の藤原倫寧女とともに父親と同行し、父親の任が終わって京の都へ帰国中からの話から晩年までの回想を書きとめたのが「更級日記」です。
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